給料は手取り25万円だったが、休職3カ月目には18万円にまで減った。それはそうだろう。3カ月間、まったく仕事をしていないのだ。給料をくれるだけありがたいと思わねばなるまい。
ようやく出た復職許可
休職に入って3カ月半がすぎたころ、ようやく医師から復職の許可が出た。
これでまともな生活に戻れるという気持ちとともに、以前と同じように働けるのかとか、周囲の視線はどうかといった心配も湧きあがる。松村統括官に連絡を入れると、「一度、みんなにあいさつに来てくださいね」と言われた。
R税務署では病気休暇明けや育休明けの折など、復帰の前に職場を訪れ、あいさつするのが慣例だった。誰かが強く命じるわけではないが、みんな当たり前にそうしていたし、従わなければ浮く空気があった。
復帰の前日、職場にあいさつに赴いた。
「長いあいだ、お休みをいただき、ご迷惑とご心配をおかけしました。明日から復帰させていただきます。まだ本調子ではありませんが、体調と相談しながら少しずつ業務に取り組んでまいります」
うつ病のことには触れず、そんなあいさつをした。みんなは自分のことをどう思っているのだろう。周囲の視線がなんとなく怖かった。
復職の日、妻はアイロンをかけたワイシャツを用意してくれた。久しぶりに触れるワイシャツの白さが目に痛かった。
「本当に大丈夫かな」
家を出る前、そんな不安を漏らすと、妻は「ゆっくりやっていこうよ」と言ってくれた。
復帰は半日勤務からのスタートだった。自分のデスクに座ると、周囲の視線が背中に刺さるのを感じた。それでも同僚はみな温かい言葉をかけてくれた。松村統括官は以前のような激しい𠮟責をしなくなった。
「無理はしなくていいので、まずはできる範囲でやってください。何かあれば、ほかの人に振るから遠慮なく言ってください」
松村統括官にも“いつ壊れるかわからない機械”を扱うような警戒があったのだろう。税務署という組織の中で、彼女も管理職として自分を守り、組織を円滑に回していかなければならないのだ。職場には、私の事情に踏み込みすぎないようにしようとする距離感が保たれていた。