「どうせならアメリカの物資を多く使ってやろう」

「冬は寒いところですから、運動場に囲いをして風呂の湯をジャーッといっぱい入れて、するとすぐに凍ってスケートリンクになるんです。スケート靴は誰かがこしらえたのを履いたり、酒巻さんが町に出て買ってきたりして。おかげでスケートはだいぶ上手になったです。なにしろ広いところで、運動はなんでもできましたよ。

 あるとき、私はよく知らないですが、捕虜と米兵の間でなにか衝突が起きたらしく、士官と下士官兵が分離されました。我々はウィスコンシンの大きな病院の一室に、准士官以上の20~30名で入れられて。でも、そこに入ってからは仕事もなく、待遇はよかった。

 石炭が豊富で暖房は利くし、風呂には自由に入れるし。どうせならアメリカの物資をなるべく多く使ってやろうと、石炭も水も食糧も、かなり贅沢に使っていました。コーヒーを飲むのに砂糖を使ったふりしてどんどん捨てたり、つまらんいたずらもしました」

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写真はイメージ ©getty

 監視つきではあったが、外出を許されることもあったという。