2/9ページ目
この記事を1ページ目から読む
妻が作った「最後の料理」
玄関と台所は直結し、食卓の奥に白い冷蔵庫があった。冷凍庫のなかに、タッパーに入った真菜さん手作りの野菜スープが保存されていた。松永は事故後、「最後の料理」を食べようとしたが思いとどまった。
「これを食べたら、真菜が作ったものが一生食べられないと思うと手が出せない。思い出は頭の中に残るんだけど、形が無くなってしまうのはきついから」
台所の棚には小さなメモ帳に書かれたレシピがあった。真菜さんはカレーのルー、冷やし中華のタレ、ケチャップまで材料と分量を細かくメモしていた。ポン酢は塩や昆布から手作りしていた。部屋の奥にはリビングがある。右手前にIKEAのままごと用のキッチンがあった。
その横には、幅二メートル弱、奥行五〇センチメートル、高さ六〇センチメートルの白い棚が置かれていた。八つのスペースに絵本や玩具が詰まっていた。
松永がもっとも愛着を示したのは服だった。服はその人の存在そのものを象徴する。特別な感情を抱くのは無理からぬことで、左奥の小さな衣装棚から莉子ちゃんの服やソックスを取り出し、思い出を切々と語った。
次に寝室のハンガー掛けにかかっていたビニール袋を手に取った。中には白黒のチェック柄の服が入っていた。事故当日の朝、莉子ちゃんが着ていたパジャマだった。