夜間戦闘機は、夜間、爆撃に来襲する敵大型爆撃機を迎え撃つための戦闘機で、通常の戦闘機の機銃が前方だけに向けて装備されているのに対し、敵機の腹の下にもぐって撃ち上げられるよう、軸線より30度上の角度に固定された「斜銃」を装備していた。
彗星夜戦は、高速の艦上爆撃機・彗星の後部胴体に、20ミリ機銃1挺を装備して夜間戦闘機に仕立てられたものだった。
だが、この斜銃には照準器がなく、目標に対しては曳痕弾の行方を見ながら、腰だめで射撃するしかなかった。
B-29との空中戦
1944年末、サイパン、テニアンからB-29が来襲するようになると、二一〇空戦闘機隊も邀撃戦に参加することになった。水木も、中部地区に空襲があるたび、彗星夜戦を操縦して邀撃に上がった。敵機は昼間にもやってくるから、夜戦も昼間の戦闘に駆り出されることになる。
「B-29はでかくてね、初めて空中で見たときはこんなものが墜とせるのかと思った。はじめはかなりの高高度で来たので、視認はしても追いつくことがままならなくて、悔しい思いをしました」
1945(昭和20)年2月15日、東海地方に空襲警報が発せられた。
「この日は昼頃、単機で発進しました。後席に乗ったのは私と同期の国広敏夫少尉です。B-29の高度は8000メートル。急いで高度をとると、岡崎上空で12機編隊を捕捉できました。斜銃は本来、敵機と同航(同じ方向に進む)して撃ち上げるのがベストですが、なにしろ敵機のスピードが速すぎて同航など無理。
しかし、前方か斜めからだと、タイミングさえ合えば射撃できます。私は敵編隊の左斜め後ろから接近して、交錯するような形で撃ち上げました。自分では100メートルぐらいまで肉薄できたと思うんですが……」


