後席に声をかけたが返事はなかった

 頭上にB-29の巨体が迫る。水木は編隊最後尾の1機に狙いを定めると斜銃の発射把柄を握った。敵機の下腹に、曳痕弾が吸い込まれるように命中するのが見える。敵編隊の何十挺もの機銃が火を吐き、曳痕弾が水木機を包む。

 全弾200発を撃ち尽くした水木は、後席に声をかけたが返事はなかった。やがて飛行帽の耳当てについた伝声管を通じて冷たいものが流れてきた。血だった。

「それまで、被弾したことに気づいていなかった。呼びかけても返事はないし、操縦席から振り返っても後席の状況は見えない。急いで降下して着陸態勢に入ろうとするけど、高高度から急に降りると翼が氷結したりするので、注意が必要です。

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 攻撃するときは敵愾心で無我夢中ですが、降下するときのほうが大変でした。とにかく急いで降下して、高度300メートルぐらいで機体を引き起こすと、岡崎の電波塔に危うく引っかかりそうになったのを憶えています」

 基地に着陸すると、後席の国広少尉は、敵の機銃弾に腹部を射抜かれ戦死していた。

「基地は空襲で混乱していました。隊長に報告しましたが、急な気圧変化のせいか、耳が全然聞こえないのには困りました。隊長がなにか言っているけどわからない。耳が元に戻るのに丸1日かかりました。国広の遺体は、私が兵隊と一緒に火葬場に連れて行って骨にしました」

 米軍記録によるとこの日、117機のB-29が三菱重工業名古屋発動機製作所を空襲のため出撃、1機が三重県尾鷲湾外に不時着したとあるから、水木が命中弾を与え、撃墜不確実と判断したB-29はこの機体である可能性がある。