「夏は涼しいし、冬は暖かい」「気温が5度以下になると…」札幌刑務所での意外な生活
――札幌刑務所。
斎藤 東京拘置所八王子支所から府中刑務所に移送されて、そこからさらに各地の刑務所に分類されるんですけど、第3候補まで選ばせてもらえたんです。
刑務所って北に行けば行くほど楽らしいってのはわかっていたので、「真面目になりたいんです」と話をして札幌刑務所を希望したら、通ったみたいで。
――過ごしやすいわけですか。
斎藤 夏は涼しいし、冬は暖かい。刑務所って気温が5度以下になると、暖房を入れなきゃいけないんです。人権の問題があって。
で、窓も二重窓だったし。僕が行ったときはちょうど運が良くて、刑務所が建て直しされたときだったんですよ。
――作業のほうは。
斎藤 作業に関しては、前回の水戸で全工場を回ってるんで。それが身分証に乗っていたので、僕はいい工場に行ったほうかな。靴を作ってました。
札幌では懲罰は1回しか受けていなくて、まっとうにやっていました。
「裏の世界で生きるのにこりごりしてきてた」出所後の変化
――懲罰はどんな理由で?
斎藤 喧嘩だったかな。刑務所って◯◯組の人間だったら、◯◯組の受刑者をまとめる係を任されるんです。僕はまさに◯◯組の係をやってたんですけど、□□会の人間と◯◯組の人間が揉めちゃったんですよ。その仲裁に入ったら、□□会の人が飛んできたんです(攻撃してくること)。で、僕も手を出して懲罰です。
――まっとうにしていたということは、出所したら足を洗おうと考えていたわけですか。
斎藤 その頃は、まだそんな風には思わなかったですね。出所して、すぐに組に戻りました。
だけど、その頃には暴対法がすごく厳しくなってきていたし、時代が変わっちゃいましたよね。任侠道みたいなものがね。
もちろんその時も、任侠道を貫く人はたくさんいましたよ。でも、そういう僕自身の生き方と、時代の流れが合わなくなってしまった。僕が刑務所にいた3年間で稼ぎ方も変わって、フロント企業を作ることも難しくなってしまって。
でも振り返ってみると、裏の世界で生きるのにこりごりしてきてたのかな。いきなりふとスイッチが切れちゃったんでしょうね。出所して半年から1年ぐらいの間で、そんなことをすごく感じ始めたんです。
