「やめさせてください」指を詰めて持っていったら…親分の驚きの返答とは?

――それで32歳の時に組を抜けたいと。

斎藤 うん、「やめさせてください」と。それで指を親分のところに持っていったけど、それでもやめさせてくれなかったんですよ。

――せっかく詰めたのに?

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斎藤 「ふざけんな。ダメだ」って。そりゃあそうですよ。僕も本部長でしたからね。

――指を持っていったのに。

斎藤 ドリフのコントじゃないですけど、「エッ?」って目が点になりましたね。だけど、「やめます」と。そこから連絡を切りました。

ヤクザを辞めるとき、右手の小指を詰めた斎藤由則さん

――最終的に納得してもらえたんですか? 

斎藤 してなかったです。留守番電話がバンバン入ってましたけど、スルーしていました。携帯、ぶん投げちゃったし。

 うちの若い衆たちとも話をして、「お前らの好きなように生きろ」と言って会社の方も譲渡して。

 僕はヤクザのお金でやってこうとは思わなかったんです。表の世界に行くにはゼロからスタートすべきだと。そのためには断捨離しないとダメだなと考えたんですよ。

 そこで真の更生を決意しましたね。実家に帰って、「今までたくさん迷惑をかけて悪かったよ。ヤクザをやめてまともに働きます」と母に頭を下げました。泣いて喜んでくれましたね。

 

「1か月で40社くらい受けてもダメ」面接で不採用が続いた

――住まいなどはどうしたのですか。

斎藤 すごくお世話になってた社長に、「なんとか、1か月間だけどっかに住まわしてくれ」と頼んで。「じゃあ、自分で仕事を見つけるまで」と、仮宿になるマンションを借りたんです。そこから履歴書を書いて、いろんなところの面接に行きました。

 履歴書に嘘を書くと犯罪になる可能性があると思ったから、「水戸少年刑務所出所」とか「札幌刑務所出所」とかすべてをきっちり書いて。

――その履歴書を持って回ったわけですか。

斎藤 どこでも面白がられるんですよ。「こりゃまた、すんごい“学歴”だね。いいじゃない」とか言うんですけど、結局みんな不採用ですよ。「とらばーゆ」や「フロム・エー」をチェックして、1日に2軒、3軒回ることもありました。

 1か月で40社くらい受けてもダメ。土木工事でもダメ。「なんで雇ってくんねえんだよ」とふて腐れたりもしましたね。だからといってヤクザに戻ろうとは思いませんでしたけど。

 で、最後の最後で雇ってくれたのが学芸大学駅前にある新聞配達の会社だったんです。