「月に100万円くらいはいってた」タクシー運転手に転職し、中華料理屋でもアルバイト
――新聞の拡張員を辞めた後は、タクシーの運転手になったそうですね。
斎藤 応募して入りました。履歴書のことを弁護士に聞いたら、刑務所のことを書かなくても経歴詐称にはならないと。聞かれたら言わなきゃいけないかもしれないけど、刑務所は職歴でも学歴でもないから書かなくてもいいとのことで。
入ったのはいいんですけど、二種免許を取らなきゃいけないことを忘れてて。当時は、二種免許を取った後も地理試験に受からないといけなかったんですよ。これがないと、東京23区ではタクシーに乗れなかったんです。
タクシーは約2年間やってましたけど、1日に最高14万円くらい、月に100万円くらいはいってたのかな。チップもバンバンもらえたし、タクシーチケットを多めにもらえることも結構ありましたね。
あと、当時はタクシー運転手の仕事をしながら、中華料理屋でバイトもしてました。お金を貯めようと思っていたのもありましたし、手に職を付けたいとも思っていたんです。
「ここで終わりたくない」タクシー運転手を2年で辞めた理由
――タクシー運転手時代、斎藤さんのことを知っている人が乗ってくるなんてことは。
斎藤 見かけた顔はありましたよ。でも、こっちから自分のことは言わないです。僕って声に特徴があるんですよ。だから「あれ?」って顔はしましたけどね。だけどそういう時は知らんぷりを決めて、無口になってました。
――タクシー運転手は、なぜ2年で辞めてしまったのですか。
斎藤 夜に飲んじゃうと、就業前のアルコール検知器に引っ掛かる危険があって。引っ掛かってヘタしたら、免許なくなっちゃいますから。タクシーって、免停になったら仕事がないんですよ。それが一番怖かった。安定した仕事じゃないんですよ。事故起こしても仕事できないし。
あと、ここで終わりたくない気持ちもありました。このままタクシーでやってたらずっとタクシーで終わっちゃうのかなと考えたら、また六本木に戻りたいなって。
撮影=志水隆/文藝春秋
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