現在2位(9月15日現在)で、優勝への追い上げを図る読売ジャイアンツ。今年5月の阿部慎之助監督の電撃辞任と橋上秀樹氏の監督代行就任という前代未聞の騒動に見舞われながらもチームは快調に勝ち進んできた。

 ここに至るまで巨人軍が辿ってきた長い道のりを知る人物がいる。元巨人軍広報部長の鈴木伸彦氏だ。今回、鈴木氏は、元球団代表の清武英利氏の著書(『記者は天国に行けない 反骨のジャーナリズム戦記』)を手にしたことを機に、まざまざと思い出したという巨人軍の知られざる歴史について緊急寄稿した。前編に続き後編では、球団を裏方で支えてきた“ある熱血マネージャー”の存在から話は始まる。

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球団史上最悪の80敗を記録

 その男は松尾英治氏。清武英利氏よりも14歳も年下だ。1983年に投手として入団し、89年の引退以来、球団の裏方を支えてきた。清武氏が就任した2004年から一軍マネージャーを務め、その後はGM補佐としても活躍。遠征先には必ず同行し、いつもその仕事ぶりを見てきた。

 当時読売新聞社会部デスクから球団法務部長に出向していた私に、松尾氏が漏らしたことがあった。「清武代表はメチャクチャ厳しいけど、2、3年で本社に戻っていった今までの代表とは明らかに違う。熱いものを感じる」。

 だが就任翌年は球団史上最悪となるシーズン80敗を記録した。この夏、清武元代表は、私との食事後、こっそり睡眠導入剤の錠剤を口に入れた。「負けが続き、いろいろ本社のお偉いさんから言われると眠れなくてね」。

 ちょうどそれは、清武元代表が辞表を隠し持つようになった頃だった。気配でそれを感じたのか、松尾氏が切り出した。「代表はいつまで、ここにいらっしゃるのですか」。上下関係に厳格な体育会の球界であり、いつもの控えめな物腰からは想像できない大胆な発言だった。「代表に長くいてほしい」「代表のところがしっかりしていれば必ず強くなります」。堰を切ったように思いを口にした。「精一杯支えるから、辞めないで、球団を改革してほしい」。その思いがしみた。

GM補佐を務めた松尾英治氏 ©産経新聞

 ここから二人の絆が深まっていく。松尾氏は強い巨人軍を目指して提案する。今までの球団は、FAやトレードで大物選手ばかり獲ってしまう。「一軍を目指して頑張っている若い選手が、どれほどやる気を失っているかわかりますか」。非エリートの異能異才の選手を発掘し育て上げることこそが、「球団復活の近道になるはずです」。何度も直言した。

 その言葉に清武元代表が動いた。他球団にも働きかけ、「支配下選手枠」の70人とは別枠で、育成を目的に獲得する育成選手制度を実現させた。すると、早速芽が出た。初の育成ドラフトの山口鉄也投手、2年目の松本哲也選手が、それぞれ2008年、09年のリーグ新人王を獲得。球団も連続リーグ優勝に輝いた。