駅伝というスポーツの残酷さ

森山 額賀さんの 『タスキメシ』は男子高校生のヒリヒリ感が、ちょっと怖いくらいリアルですよね。「自分がこいつより速く走れるのか」、というライバル関係やチーム内の序列、スタメン争いのバチバチした感じが、駅伝ならではのエネルギーになっていて。一方で、『ひなたの中継点』ではチーム内の序列に対する葛藤はありつつも、みんながまず「走る」ということに向き合って、そこから駅伝というチーム競技に挑んでいきます。同じ駅伝という競技でも書き方が違っていて面白いなと思いました。

額賀澪さんの『タスキメシ』

額賀 『タスキメシ』は兄弟の話ですから、余計にヒリヒリ感がありますよね。兄弟だけど、弟のほうが強いんだろうな、というのはスポーツ・フィクションあるあるでもある。『ひなたの中継点』を読んで、チームの絶対的エースが不在になったときに、個人がどうこうというより、まずこの欠陥を抱えたチームをなんとかしなければいけないという意識が、女子は働きやすいのかもしれないと思いました。私が駅伝の面白いと思っているところは、マラソンという個人技の極みのような競技をやっている人間たちが、集団スポーツとしてチームで勝とうとする、そのいびつさなんですよね。仲が悪くてもチームだし、仲が良くても蹴落とし合いがある。そういった部分がフィクション、とくに小説の題材として面白いんです。

森山 そうですね。私もそう思います。たとえばサッカーだったら、シュートでゴールを決めた選手が目立ちますが、そこにはアシストした選手もいて、守備の選手もいるので、誰がどのくらいチームに貢献したのかを比べるのは難しいですが、駅伝はタイムを見れば誰が活躍して、誰が活躍しなかったのかが一目瞭然です。ほかの選手が良い区間順位で走っているなか、ひとりだけ区間順位が15位だったりすると、「あいつがだめだった」と思われてしまう。

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額賀 誰が活躍し、誰が敗北を決定づけてしまったのかが、試合結果から無慈悲に分かってしまいますからね。残酷な競技です。

森山 実際の試合では走っている位置やレース展開によって走りやすさが全然違うので、そういった部分も加味してほしいと思うけれど、記録には何も残らないんですよね。

額賀 タイムと区間順位だけが無機質に残るだけですからね。でも小説だったら、そういった結果には現れないドラマが書ける。それが面白いところだと思います。