スポーツ小説の醍醐味は周縁にあり
額賀 「Number」みたいな雑誌でインタビューが載るような選手のキャリアは、たくさんの人の目に触れて物語になりますが、例えば日本代表まであと一歩のところだった……という選手などは、記録に載るほかはマニアの記憶にしか残らず、歴史とともに忘れ去られてしまいます。でも、小説で書いて面白いのは、そういう人たちなんですよ。ギリギリで日本代表になれなかった選手にスポットを当てられる。『ひなたの中継点』の主人公が、エースの瑞月ではなくナンバーツーの麦だというのも、そういうことだと思います。
森山 なるほど。額賀さんの陸上作品の書き方も、まっすぐアスリートにフォーカスするというよりは、少し周縁部から攻めていますよね。額賀さんが競技を見る側の視点を持たれているのも大きいのかなと。
額賀 スポーツ小説にはいくつかの流派があって、エリート中のエリートを書き続ける作家さんもいれば、私のように名もなき脇役に注目するタイプもいる。スポーツのどこにドラマを見出すかだと思いますが、駅伝の面白さはまさにそこですね。個人技の中にチームの物語があり、そこから枝分かれした脇役がたくさんいる。その面白さが、駅伝小説を何作も書いてしまう理由かもしれません。
森山 額賀さんは、もともと陸上をやられていたわけでもないのに、どうしてこんなにリアルに駅伝を書けるのでしょうか。
額賀 走るのは嫌いです。走りたくない! でも、やっぱり見るのが好きなんですよね。自分が走らない、走れないからこそ、競技シーンを手癖で書いてしまわないように気をつけています。実際に走る人が書いた文章を読むと、やはり私とは違いますね。『ひなたの中継点』も、走る描写の感覚が非常に丁寧です。森山さんはその感覚を活かして書き続けたほうが、絶対にいいと思います。もちろん、スポーツばかり書くわけではないのかもしれませんが。
写真三宅史郎
