“幻の名門校”と信じてケニアへ飛んだ著者を待っていたのは、陸上トラックすらない普通の女子校だった――。箱根駅伝で活躍したケニア人ランナーたちの出身校として知られる「ガル高」。しかし、現地で取材を進めるほど、その存在は謎を深めていく。なぜ“ガル高出身者”は次々と日本へ渡ったのか。彼らは本当に同じ学校の出身なのか。

 第57回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した、ノンフィクションライター・泉秀一氏の著書『アフリカから来たランナーたち 箱根駅伝のケニア人留学生』(文春新書)より一部を抜粋し、“ガル高”の真相を追った泉氏の現地ルポを紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く

ガル高に在籍していたとされているサムエル・ワンジル ©文藝春秋

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本当にガル高は存在するのか

 ちなみに、ガル高が消えて以降、箱根駅伝に出場したケニア人ランナーの出身校が被ったことは、一度もない。これまで日本の高校を経由せず、ケニアから直接、大学に入学して箱根駅伝を走ったケニア人ランナーは31人いるが、同じ高校の出身者はガル高の5人のみである(次ページ表2)。

 こうした謎に直面すると、どうしても真相を確かめずにはいられなくなる。ライターとして独立してから陸上競技の取材を始めた私は、大学駅伝の監督や大学駅伝の元ランナーなど、出会う関係者たちにガル高についての疑問をぶつけてみたが、その真相を知る者どころか、有力な情報を持つ者さえいなかった。

 そうして謎が深まると、なんとか自分で真相を突き止めたいという気持ちがより強くなるものだ。なぜこれほど多くの優秀なランナーを輩出できるのか。なぜ突然姿を消したのか。そもそも、本当にガル高は存在するのか。

 残された手段は、実際にケニアを訪問して自分の目で確かめることだけだった。現地で学校の先生たちに話を聞けば、真相はすぐにわかるだろう。