麻純 その祖母は、一馬が亡くなった10日後に亡くなったんです。1年くらい脳梗塞で意識がずっとないままだったんで、いつ亡くなってもおかしくない状態でした。一馬が天国へ行くのを見届けるまで、ずっと待っていてくれたんじゃないかなって思っています。
「足が痛い」明るくて元気いっぱいだった一馬くんに起きた異変
――どんな性格のお子さんでしたか、 一馬くんは。
佑太 めちゃくちゃ明るい子です。動き回るのが好きな、本当に元気いっぱいの子でした。知らない人にも、自分から話しかけに行くんです。
――「社交性の塊」みたいな。
佑太 そう、公園で全然知らない家族の中に入っていって遊ぶ、みたいなこともありました。
ちょっと上のお兄ちゃんぐらいのグループにも「一緒に遊ぼう」って入っていくんですけど、知らない子だからたいてい無視されるんですよ。でも全然諦めないんです。遊んでくれる子を探して、最終的にはその子のお父さんを捕まえて一緒に遊ぶみたいな。
一馬のオリジナルの一発ギャグがあって、(拳を合わせながら)「お団子くん!」って知らない子に見せるんです(笑)。それで、相手が笑ったらこっちのもんだって。
麻純 一馬はとにかく動き回るから、初めての子育てというのもあって大変でした。3歳になってから少し落ち着いて「やっとこれから楽になるかな?」って思っていたんです。
――その一馬くんに、異変が起きたのはいつ頃だったのでしょうか。
佑太 2018年の10月下旬、3歳の時です。最初は「足が痛い」と言っていて、整形外科に行ったんです。でも、レントゲンなどの画像検査では異常がないと言われて。どこかで強くひねったりしたのかなと思っていたんですけど、痛みが治まらなくて。今度は「手も痛い」って言い始めたんです。
その時に、これは何か全身の病気じゃないかって、作業療法士としての直感が働きました。それを彼女に話したら、「そんな縁起でもないこと言わないで」って怒られました。
麻純 小児医療センターで検査入院して色々と検査をしたんですけど、そんなに大きい病気だなんて夢にも思わなかったんです。「すぐ退院できる」って思っていました。
「8割、9割は治る病気です」一般的な白血病で、比較的治りやすいと聞いていた
――その後、群馬県立小児医療センターで下された診断は「前駆B細胞急性リンパ性白血病」というものでした。
麻純 最初は、私一人で告知されたんです。本当に頭が真っ白になっちゃって、理解が追いつかなくて……。夫の仕事が終わってから、夜に二人でもう一回説明を聞きに行った気がします。
佑太 人気のないナースセンターで聞いたね。彼女は、僕の横でぽたぽたと、涙をこぼしていました。



