小児がんなどの病気と闘う子どもに付き添う親たちへ、温かい手作りスープとおむすびを届けるキッチンカー「fufufu-soup」。この活動を続けるのは、青木佑太さん(43)と麻純さん(40)夫妻。
彼らの行動力の原点は、「前駆B細胞急性リンパ性白血病」を患い、2019年10月11日に4歳で天国へと旅立った長男・一馬(かずま)くんとの日々だ。
一馬くんを自宅で看取った青木夫妻は、同じ苦しみを抱えるパパやママ、そしてきょうだいたちを支える活動を始めた。二人はどんな思いを持って支援活動を始めたのか。実際にどのような活動をしているのか、話を聞いた。(全6回の6回目/1回目から読む)
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「病院の中で、治療中の子どもをサポートするボランティアをやりたい」
――自宅で一馬くんを見送った3年後、佑太さんと麻純さんは闘病中の家族や子どもを支援する活動を始めました。どのような経緯があったのでしょうか。
青木佑太さん(以下、佑太) 実は、一馬が亡くなって1か月後くらいにはもう動いていたんです。それは一馬の闘病中、東京の国立がん研究センターのボランティアさんたちに本当に助けられて、「一馬が治ったら、群馬で自分たちが恩返ししよう」と夫婦で話していたからです。
まず、群馬県立小児医療センターへ挨拶に行き、「病院の中で、治療中の子どもをサポートするボランティアをやりたいです」と直談判しました。ただ、当時はコロナ禍に入りかけていた時期で、感染対策の問題もあり、すぐにボランティアを始めるのは現実的に難しかったんです。
――そこから、病気の子どもの兄弟姉妹たちの遊び場をつくるために、「ヤマアソビKIDSCLUB」や「昼あそび会」を立ち上げます。どういったきっかけで?
佑太 きっかけは、2歳下の妹の優里南(ゆりな)が僕らに泣いて怒ったことからでした。2022年に次女の絃羽(いとは)が生まれて、優里南が「パパとママは、今まではずっと一馬ばっかりだった。これからは妹の絃羽ばっかりになって、私の番はないんだ」と言って泣いたんです。
私たちが「優里南のことも考えていたよ」と言っても、「嘘だ! 一馬が死んじゃってからもずっと一馬のことを考えてた!」って。子どもって、思っている以上に、親の姿を見てるんですよね。



