小児がんなどの病気と闘う子どもに付き添う親たちへ、温かい手作りスープとおむすびを届けるキッチンカー「fufufu-soup」。この活動を続けるのは、青木佑太さん(43)と麻純さん(40)夫妻。

 彼らの行動力の原点は、「前駆B細胞急性リンパ性白血病」を患い、2019年10月11日に4歳で天国へと旅立った長男・一馬(かずま)くんとの日々だ。

 苦渋の末、一馬くんを自宅で看取ることを決断した青木夫妻。一馬くんの最期を迎えるまでの10日間、家族はどのような時間を過ごしたのか。佑太さんが今も抱える「3つの後悔」とは、そして、一馬くんはどのような最期を迎えたのか――。(全6回の4回目/5回目に続く)

ADVERTISEMENT

青木佑太さんと麻純さん夫妻 ©石川啓次/文藝春秋

◆◆◆

一馬くんからのおもてなしと最期の挨拶

――自宅での10日間は、ご家族にとってどのような時間でしたか。

青木麻純さん(以下、麻純) 毎日一馬のやりたいことを、家族みんなで叶える生活ができました。100円ショップに行ったり、おもちゃ屋さんに行ったり、近所を散歩したり、そういう何気ない10日間を過ごせた思い出が、今の私の心の支えになっている感覚はあります。ただやっぱり、家で死を迎える恐怖もあって。

 

――恐怖、ですか。

麻純 私は医療職じゃないから、いざその時を迎える瞬間に、どうなるか想像できなかった。覚悟はしていたつもりだけど、怖さは拭いきれなくて。最後まで「一馬に死が訪れた時、私は大丈夫かな」と。

 あとは、本人が「痛い」とか、「しんどい」と言うこともあったので、思いっきり触れ合えなかったという心残りがあって。「今触ったら、余計にしんどくなっちゃうのかな」と、接し方に迷う部分がありました。

――お二人のそういった気持ちは、一馬くんに悟られないようにしていたんですか。

青木佑太さん(以下、佑太) はい。入院中もなるべく本人の前ではつらい表情を見せないように徹底していました。病気のことも、詳しく話していません。

 入院中も、どうしても我慢できず泣きたくなった時は、一馬を車いすやベビーカーに乗せて散歩をし、顔が見えないようにしながら泣きました。

 でも、亡くなる前々日、彼なりのお別れの挨拶をしてくれたんです。9日目のお昼、親戚全員が一馬に会うために、僕の実家に集まって。一馬が「みんなに振る舞いたい」と、かき氷を熱心に作っていました。もちろん、体がしんどいから、休み休みでしたけど。

 かき氷を食べ終わった後、みんなで掘りごたつに座っていたら、急にいとこに向かって、「ほのちゃん、こっちに来て」って呼び始めたんです。ほのちゃんが「なあに?」とやって来たら、一馬は「ほのちゃん、大好きだよ」って伝えて。そこから、一人ひとり、いとこのみんなにそう言うんです。

 妹の優里南(ゆりな)が「私はー?」と言うので、一馬は「優里南も、もちろん大好きだよ。でも、1人になっちゃって寂しいじゃん」って言ったんです。それを聞いて、その場にいた大人たちはみんな、最期の挨拶なんだなって悟りました。