――いったい、どういった病気なのでしょうか。

佑太 いわゆる一般的な白血病で、比較的治りやすいと聞いていました。先生からは、「今はかなり薬も進歩していて、8割、9割は治る病気です」と。だから僕は、8割、9割治るなら大丈夫だろうと、どこか楽観的に捉えていました。

「生きた心地がしなかった」夫婦が経験した孤独な付き添い入院生活

――2018年11月、本格的に闘病生活が始まりました。入院の付き添い体制は、どのような状況でしたか。

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麻純 夫の両親と一丸となってサポート体制をつくりました。私は日中ずっと病院で一馬に付き添って、夜は夫とバトンタッチ。

 その後は、一馬の2歳下の妹の優里南(ゆりな)を預けていた夫の両親の家に帰る。本当にもう、病院と息子の為だけに生きている生活でした。

佑太 僕は夜の付き添い担当だから、病院と仕事場の往復の日々でした。寝る時は、一馬が寝る子ども用のベッドで、膝を曲げながら横で寝てました。

――子ども用のベッドで寝泊まりを?

佑太 はい。でも、一馬にはずっと点滴が繋がってて、自分の寝相で管を抜いちゃいけないと、気が抜けなくて。夜中も看護師さんが点滴の様子を見に来たり、おむつを交換しに来たりするので熟睡できない日が続きました。

麻純 もう一気に、社会とかけ離れた生活になりました。テレビも観ない、料理もしない、買い物も行かない、人とも喋らない。世間のニュースも分からない……。孤独と先の見えない恐怖で、生きた心地がしなかったです。

――ご夫婦が入れかわり立ちかわりだと、お互いに話す時間も限られてしまいそうです。

佑太 そうなんです。交代の時に顔を合わせても、話す内容は「今日は抗がん剤が始まったよ」とか「数値が良ければ一時帰宅ができるよ」とか、一馬の調子を引き継ぐような業務連絡が中心で、今後のことをゆっくり話し合う余裕はありませんでした。

 

最初は順調に治療が進んでいたが…

――病院での食事はどうされてたんですか。

麻純 日中は病院内のコンビニで、ゼリー飲料やカロリーメイトを買って済ませていました。「自分の食事なんて本当にどうでもいい。でも、食べなければいけないから少し口に入れるものを」って思ってました。

 そんな食生活だから、体はどんどん弱って、心も疲弊していきました。その時に、「人の作った、温かいご飯が食べたいな」ってすごく思ったんです。それが今の活動に繋がっています。

――最初は順調に治療が進んでいたそうですね。

佑太 最初の数か月は、「薬はちゃんと効いてますよ、うまくいってますよ」「一馬くんの白血病の遺伝子はとても治りやすいタイプです」と言われていたんです。

 ただ、「もし再発して遺伝子が変異してしまうと、治りづらいタイプに変わりやすい」とも聞いていたので、再発だけは怖いなと話していました。

 そうしたら、治療開始から半年ほどで「極早期再発(ごくそうきさいはつ)」がわかったんです。

撮影=石川啓次/文藝春秋

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