「最期の時っていつですか?」自宅での看取りを決断させてくれた緩和ケア医の言葉
佑太 萬田先生は当時50代くらいだったんですけど、精神的にすごくサポートしてくれました。死生観というか、価値観を変えてくれたような人です。
最初の面談で、「最期の時は家で看てあげたいと思っているけど、なかなか踏ん切りがつかない」という話をしたら、「最期の時っていつですか? 具体的にいつですか?」って聞かれたんです。面と向かって言われた言葉に、僕は動揺してすぐに返答できなかった。
「まだ僕は、一馬の最期をまだどこかで考えないようにしているんだな」と、気が付きました。代わりに妻が、「もう、今かもしれないです」と答えてくれました。
麻純 一馬は病院で抗がん剤を使ってきたけど、すでに意味がないことはわかっていました。一馬が「おうちに帰りたい」って言ってたのも知っていました。でも、「今入れている抗がん剤を止めるってなると、本当にすぐ死んじゃうんじゃないか」と思って、帰る決断がどうしてもできなかった。
そんな私たちの迷いを見透かしたように、萬田先生からはこう返ってきたんです。「病院で治療を続けるのは、墜落しそうな飛行機を紐でくくってヘリコプターで無理矢理吊り上げているようなもの」って。
佑太 この例えに、すごく納得しました。萬田先生からは、「病院での死は墜落だけど、お家での死はソフトランディングでゆっくり着陸するんだよ」と言われました。
麻純 私が「一馬にしてあげることが、もうないんです」と話したら、こうも言われました。「ありますよ! 一馬くんは、家に帰りたいんでしょう? 家に帰って一馬くんの好きなことを全部叶えてあげましょう」と言われて、ハッとしました。
私は、誰かに背中を押してもらいたかったんですよね。「もういいんだ、もう無理やり息子を頑張らせなくてもいいし、痛みから解放してあげていいんだ」って。だから、逆にホッとしたんです。
病院では全く食べられなかったのに、家に帰ったらエビフライをむしゃむしゃ食べるように
――その後、一馬くんの意思を確認されたんですね。
佑太 「退院しても良いって。一馬の好きにして良いって。どうする?」と聞いたら、一馬は「退院する! もう病院には来ない!」と即答でした。それからは嬉しそうに過ごしていました。
――2019年10月1日に自宅に戻り、家族で最期の10日間を過ごされました。一馬くんの様子はいかがでしたか?
佑太 家に着いた時の、最初の言葉が「お腹すいた」だったくらい、元気でした。あれにはびっくりしたよね。病院では全く食べられなかったのに、家に帰ったらエビフライをむしゃむしゃ食べてました。
麻純 やっぱり、家が一番安心する場所なんじゃないかなって思います。家族に囲まれて、住み慣れた家で安らかに過ごせる場所。病院は全く逆なんですよね。どこか無機質で、家族も常にそばにいるわけじゃないし、本人の気持ちも不安定になっていくんです。
佑太 病院にいた時の一馬は、病室から出られない、思う通りに動けない状況で、いろんなストレスを抱えていて。それで僕は引っかかれたり殴られたりしていたんです。でも、家に帰ったらそういうのが全くなくなったんですよね。
撮影=石川啓次/文藝春秋
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