父母の死を経て不良行為を重ね、中学卒業後に15歳で極道の世界へと飛び込んだ佐藤智明氏。もともとは料理人を目指していた少年が、なぜ暴力団員としての人生を選んだのか――。

 元極道として「生き直し」の道を歩み、現在はNPO代表を務める著者の新刊『先生は、元極道 元極道講師が子どもたちのために歩む 人生「生き直し」物語』(彩図社)より、極道になった経緯をお届けする。(全3回の3回目)

写真はイメージ ©getty

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祖母と父の死

 僕が中学2年生のとき、祖母が急に亡くなりました。

 それから3か月ぐらい経ったころのことです。

 父はインスリンの注射を自分で打っていたので、おそらく糖尿病だったのでしょう。体のあちこちが腫れ上がって、化膿していました。父の部屋は、アルコールの甘い匂いと膿の匂いが混じって、異様な臭いが漂っていました。

 ある日、父が大きな声で僕を呼びました。

 部屋に行くと、「救急車を呼べ」と言いました。

 急なことでどうしたらよいのかわからず、中学の数少ない友だちに電話をしました。すると、その友だちのお父さんが家に来てくれて、救急車を呼んでくれました。

 父は意識がハッキリしていて、救急車が到着するまでの間、タバコを一気にふかすと、3日ぐらいで戻るから待っていろと5000円を渡してくれました。

 まもなく救急車が到着しました。友だちのお父さんに付き添ってもらい、病院に向いました。

 病院の先生は僕とは話さずに、友だちのお父さんとばかり話しています。先生の話が終わると、待合室で友だちのお父さんが僕にこう告げました。

「お父さんは足を切断することになるかもしれない」

 僕は何も言えなくて、ただ黙って家に帰りました。