工事現場の交通規制が警察の検問のように見えるため、仲間は散り散りになって走ります。当時の僕にとって、土曜日の夜は本当に楽しいもので、帰宅すると爆音のせいでよくキーィンと耳鳴りがしました。
板前をあきらめた理由
そんな生活を送っていたので、進学はまったく考えておらず、最初は中学を出たら板前になろうと思っていました。
でも、そこでひとつ問題がありました。
僕は左利きだったのです。
刺身を引く際、左利きだと支障があるため、板前は右利きに直さなければなりません。
それは大きなハンデになると思い、僕は極道になることに決めました。
板前から極道――ずいぶん落差があると思われるかもしれませんが、当時の僕には極道という“職業”は身近なものでした。
幼いころ、父の周りには極道が大勢いましたし、暴走族の先輩にも極道になった人がたくさんいました。育ってきた環境が特殊だったので、極道は僕にとって怖い存在ではなく、当たり前のものだったのです。
極道に憧れたのは、地元の先輩の影響もありました。
「毎日遊んでいて仕事になるなんていいな」
彼は暴走族の先輩だったのですが、極道になってからも連絡用のポケットベルを腰につけて、毎日遊びまわっていました。それを見て、「毎日遊んでいて仕事になるなんていいな」と思ってしまったのです。
後にそれが大間違いであったことを、僕は嫌というほど思い知ることになります。
16歳のとき、僕は父の知り合いだった親分に電話をしました。
「極道になるなら、富二のところに身を寄せろ」というのが、父の唯一の遺言だったからです。
数回ベルが鳴って、相手が出ました。
僕はまだ中学校を卒業したばかりで、常識も何もわかっていませんでした。
「富二さんいますか?」
そう聞くと、相手は理由も聞かずに取り次いでくれましたが、代わった途端、「いきなり富二さんとはなんだ!」とこっぴどく怒鳴られてしまいました。
あまりの迫力に「ごめんなさい」と謝ると、電話の声は急に優しくなりました。
「いま、どこにいるんだ? 迎えにいくからそこで待っていなさい」
しばらくして、怖い顔をした2人組が迎えに来てくれました。
僕はそのまま組事務所に連れていかれました。