始まった新聞の過熱報道

 東朝の特ダネ連打にあおられて他紙も追いかけ、過熱報道が始まった。各紙の記事を見ると、当初は東朝同様、白蓮に同情的なトーンが強い。

「十年の鬱悶(うつもん=心が晴れず悩み苦しむ)爆發(発)して白蓮女史夫君を棄(す)つ」(10月22日発行23日付萬朝報朝刊)、「新生の戀に醒(さ)めた筑紫の女王 名利を棄てた燁子夫人」(10月23日付読売朝刊)、「虚偽の生活から離脱して新しい愛の生活へ 悲情詩人白蓮女史が黄金に輝く鐄(鉱)山王の御座を捨てゝ白面の青年の許に走るまで」(同日付報知)、「愛も理解も無かった十年の冷い生活の殻から脱け出て 自由の身は今勇気に充(み)ちている」(同日付國民新聞)……。

 傳右衛門の地元の福岡日日でさえ「十年の矛盾した結婚生活を遁(逃)れて白蓮夫人愛人の許へ奔(はし)る 貢がれた衣類調度と別離状を送返す 華かにして寂しい戀の悩みに耐えず 炭坑王を棄てゝ新生活に入る」の見出しだった(同日付)。

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地元紙の報道も白蓮に同情的だった。右下は宮崎龍介(福岡日日)

 行方不明の白蓮が(東京)府下中野町(現中野区)の、宮崎龍介の父、宮崎滔天の同志だった山本安夫弁護士の家にかくまわれていることが一斉に報じられたのは10月23日付朝刊。柳原家の家紋が付いた羽織姿の白蓮の写真も各紙に載った。東朝には白蓮の歯切れのよい江戸弁が見える。

「始めっからこの結婚は嫌だったのですもの」

「私はいま頭が混乱しております。この先どうなろうやら、先々のことは分かりませんし、そりゃあ、あなた、向こうさまの出ようでは、あくまで私も自分の主張の上に進んで行こうとは思いますの。私は始めっからこの結婚は嫌だったのですもの。元々私どもの家なんか、そう好きな人を見つけて一緒になるわけにもまいりませんしね。何もかも人任せにして伊藤に参ったような次第ですもの」

 同じ東朝には「天才的の妻を理解していた 互の世界は違つ(っ)てゐ(い)ても謙遜し合うのが夫婦の道 絶縁状見た上は何とか處(処)置する」が見出しの傳右衛門の談話が載っている。