1ページ目から読む
3/3ページ目

芸域を広げた様子がうかがえた

 現在、プロ間では角換わりと呼ばれる戦法が流行している。2018年度に指された八大タイトル戦では棋聖戦、王座戦、竜王戦、棋王戦の決着局で角換わりが指された。いまや「角換わりを制するものは棋界を制す」という状況だ。

 2018年度の渡辺は角換わりを先手で11勝1敗、後手で4勝2敗と好成績を挙げた。これまでの渡辺は後手のときは、たいてい角換わりを受けて立っていたが、2017年度は3勝6敗と苦しんだ。これが竜王失冠やA級陥落の要因ともなった。2018年度に入ってからは角換わりを避ける手法も取り入れて、好成績を挙げている。後手角換わりの対局数が先手より少ないのはそのためだ。

 棋王戦五番勝負では、後手番の第3局では広瀬竜王の角換わりを避ける指し方に出た。タイトル戦でこうした手法を用いたのは初めてで、結果は敗れたものの、芸域を広げた様子がうかがえた。続く第4局は角換わり。終盤まで形勢のはっきりしない熱戦だった。相手のミスをとがめて優勢になった渡辺。豊富な持ち駒で広瀬玉に王手をかけ始めた。当初、渡辺は読み切れておらず、「ひえー」と声を上げ、慌て気味ながらしっかり詰ましきった。詰まなかったら逆転だが、直感の確かさや踏み込む勢いを感じさせた。

ADVERTISEMENT

棋王戦第4局は栃木県・宇都宮市で行われた ©君島俊介

A級から陥落しても名人を獲得した棋士はいる

「2019年の将棋界展望 藤井聡太の初タイトル、羽生善治の復権はあるのか?」の中で、渡辺は「後手番では5割勝てばいい」と述べている。たしかに七番勝負の後手番で2勝2敗、五番勝負の後手番で1勝1敗なら、先手番を勝ち越していればタイトル戦を制することができる。ドライでシビアな考え方といえるだろう。

 これをA級順位戦にそのまま当てはめると、7勝2敗や6勝3敗のラインになる。渡辺の過去8期のA級順位戦の成績は、先手では7割以上勝っているが、後手は5割ちょっと。近年のA級順位戦では6勝4敗で並んで6者プレーオフというケースもあったが、成績1位の棋士が8勝1敗と大きく勝って挑戦権を得るケースも多い。8勝1敗を挙げるには、後手番5割ではダメで、勝ち越す必要がある。A級順位戦に復帰する渡辺はどのようにリーグを戦うか注目される。

多忙な中、将棋マンガの監修も務めている ©文藝春秋

 通算でタイトル22期を獲得している渡辺だが、これまで名人挑戦者になったことはない。A級順位戦は大きな壁だ。渡辺が2010年にA級に昇級したときは、当時の最年少だった。現在は名人やA級に渡辺よりも若い棋士が5人もいる。後輩たちが猛烈な勢いで駆け上がってトップ争いをしている状況だ。それでも永世称号の資格を持つ渡辺は、実力や実績からして挑戦の有力候補だろう。過去にはA級から陥落しても名人を獲得した棋士はいる。中学生棋士第1号の加藤一二三九段である。

この記事を応援したい方は上の駒をクリック 。