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ありふれた別れ話から、恋人はストーカーに豹変した――内澤旬子「ストーカーとの七〇〇日戦争」

恐怖のストーカー体験リアルドキュメント #1 別れ話

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 しかし家に来るのを断っただけで、まさかこんな嫌がらせに発展するとは思わなかった。なんだかとっても面倒なことになりそうな予感がする。「うんざり」に加えてこれまでに感じたことのない「恐怖」がドッと募る。時間をかけて距離をとって、最終的には対面で話して理解・同意を得て、円満に別れようと計画していたけれど、一刻も早く関わりを断ちたくなり、電話でそのまま別れを告げた。

「無理だわ。私、電話をやめてっていうのにやめないで掛け続けてくるひとは、無理。お付き合いできない。もう終わりにしましょう」

「え、なに、これで終わりってこと? ちょっと待てよ」

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 もちろんAは納得がいかず、関係を続けたいと言い募る。こちらとしてはなぜ別れたいのかを説明して納得してもらうしかない。けれどもやっぱり会うのは怖い。Aと高松で会うときには、Aの車に乗って移動することを意味する。私は小豆島以外での運転経験がほとんどなく、高松市街地での運転は難しい。それにもし運転が上達したとしても、フェリーに車を乗せるとなると往復で1万円近くかかってしまうため、よほどのことがない限り、高松での移動は徒歩かレンタル自転車となる。自転車で移動しにくい距離の施設に用事がある場合、バスやタクシーを利用するのだが、居合わせた男性が、帰り際にフェリー乗り場まで車で送りましょうと申し出てくださることも多い。ところが、ご厚意に甘えて助手席に乗ったというだけで自分に好意があると勘違いされるアクシデントが続いた。これまで車移動中心の地方に住んだことがないので、どうもこの兼ね合いが分からない。怖い。Aの車の助手席に乗ることで、私がまだAに好意を持っていると、受け取られるのではないか。それがなくても、別れ話がこじれて激高される可能性もゼロではないのだから、密室となり、どこに連れていかれるのか分からない車への同乗は、避けたいところだ。メッセンジャーというフェイスブックのメッセージ機能を使って説得することにした。これまでも連絡に使っていたものだ。

※写真はイメージです ©iStock.com

「全部自分が悪かった。お前の言う通りに直すから……」

 最初のうちAは平謝りで、私がここぞとばかりに列挙した「別れたい理由」「続けられない理由」に対して、「全部自分が悪かった。お前の言う通りに直すからやり直そう」という姿勢のメールが延々と続いた。

 今まで付き合ってきた間の不毛な言い合いはなんだったのだ。このコロッと変わって全面降伏する感じ、本で読んだだけだけど、DV夫が妻を殴ったあとに急に優しくなって謝り続ける様子にソックリなんだが。これは、どう考えても復縁しちゃまずいパターンなんじゃないか。

 私が愛玩しているヤギ、カヨと仲良くできなかったことへの言い訳も沢山書いてきた。

「お前が大事にしているから、手が出せなかった」とか、「反抗されたら殴り殺しそうで怖かったから」。ちょっと尋常な言い訳ではない。さらに続けて「未成年の頃に、加減を間違えて動物を半殺しにしてしまったことがあり、教護院(現在の児童自立支援施設)におくられたことがある。けれども自分は動物が大好きなのだ。カヨとも本当は仲良くしたかった」。

 なにこれ。目の前が真っ暗になった。言い訳が言い訳になっていない。教護院の話、本当かどうか分からないけど、嘘であってもそんな嘘を思いつくだけで不気味すぎる。一刻も早く縁を切りたい。