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ありふれた別れ話から、恋人はストーカーに豹変した――内澤旬子「ストーカーとの七〇〇日戦争」

恐怖のストーカー体験リアルドキュメント #1 別れ話

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 案の定、取調室に入って対面したOさんの顔には、明らかに迷惑そうなというか、面倒臭そうな表情が漂っていた。まあそうだよね。私だってこんな面倒臭い話なんかしたくないですよ。しかも自分よりも20歳以上も若い男性に。けれどもメッセージが止まんなくなっちゃったし。毎晩寝られないくらい怖いし。どんどん具合悪くなってきて、喘息の発作がでてきたし。Aが本当に島に来て、小豆署や友人宅で変なことを言って回る前に報告はしておかないと。

 順を追ってOさんに説明を始めた。最初はだるそうだったOさんの表情が一変したのは、「島に来る」という一言だった。しかも私の知り合いと勘違いした同姓同名の人の家に「浮気相手と思い込んで乗り込む」と聞いた瞬間に顔色が変わった。ガタッと立ち上がり、「ちょっと失礼します」と言って取調室を出て行った。上司と相談、だな。

 そうかー。実際に来るということになると、警察は動いてくださるのだなあ。どっかで読んだような気もしたけれど、本当に絵に描いたように反応するんだ。などと呑気に思っていた。多少でも本気になって心配してくださるのは、心強い。

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 急に取調室に人が増えて、交際相手の名前を教えてくださいと言う。フルネームを紙に書いた。住所はと聞かれ、それも書き込んだ。年齢は。えーーと、43か4だったかな。すぐに一人が立って外に出て行った。検索するのだろう。

 すぐに戻ってきて、該当住所にその人はいないのですがと言う。え、そんなはずはありません。

 内澤さんは、その家に行ったことはありますか。

 はい。一度だけですが行っています。

 では確認お願いしますと、ゼンリンの大判の住宅地図をドサッと開かれた。指さしてください。ええと、ええと、……ここです、ここ。はい。間違いありません。近所にある公共の建物を覚えていたので自信があったが、その家には私の知らない名前が小さく書かれていた。え? なんとも嫌な気持ちになった。

※写真はイメージです ©iStock.com

「男性というのは、この男でしょうか」

 あ!! そうだ、そういえば、ここは実家で、親と一緒に住んでいるはずです。たしかご両親が離婚しているから、それでAの苗字とちがうんじゃないかしら。

 また一人が外に出て行った。そのうちにだんだん外が騒がしくなってきた。廊下をはさんで向かいが刑事課と生活安全課の部屋である。だれかがバタバタと走っている音がする。号令のような、怒号のような声が飛びかう。さっきまで静かだったのに、なぜあんなに騒がしいのだろう。取調室では全員が沈黙したまま、ジワジワと時間がすぎる。

 バンと勢いよくドアがあき、紺の制服を着た警察官が紙片を持って入ってきた。見たことがない顔だ。刑事課の人だろうか。無表情のままチラッと私の顔を見てから、生活安全課の刑事に紙片を渡しながら何事か囁(ささや)く。いつのまにかOさんは端っこにいて、主導権は上司T係長にバトンタッチされていた。

「内澤さん。あのですね。今からお見せしたいものがあります。内澤さんが、お付き合いされている、男性というのは、この男でしょうか」

 上司T係長が言葉を切って、ゆっくりと話しながら、紙を差し出した。