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 カヨは、最初っからAを忌み嫌っていた。そもそも愛想のいいヤギではないのだが、はじめてAを家に連れてきて会わせたとき、頭を最大限に下げ、角先を真っすぐAに向けた。後ろ足で立ち上がって威嚇(いかく)するよりもさらに苛烈な、ヤギの戦闘態勢である。海外ではヤギに背後から襲われ、腎臓を刺し貫かれて死んだ例もあると聞いたことがある。近づいたら確実に刺すという意志表明に見えた。そんな姿勢、私だけでなく他の誰にも向けたことはない。人によってはとても従順に頭をなでさせることもあるのに。

 Aをカヨに会わせたあと家の中に入ったら、庭に面した窓からバリンという大きな音がした。驚いて行くと、カヨが網戸を破ってゆらりと廊下に立っていた。当時は嫉妬してるのかなあ、もうカヨったら甘えんぼなんだから、くらいに思っていたのだが。

「その男は危険だから家に入れるな」というカヨ渾身のメッセージだったのだ。カヨ……。カヨに会いたい。今すぐ会いたい。

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 Aが少年時代に動物に危害を加えたというのは、本当なのだろうか。動物に危害を加えたくらいで少年院に入れられるだろうか。あ、メッセージでは少年院でなくて教護院か。教護院って、生活安全課と同じく、普段耳慣れないし実際に関わった人でないとなかなか出てこない言葉ではある。ハッタリならば、少年院か鑑別所という言葉を使う確率のほうが高そうではある。やんちゃしていたとは聞いていたけれど、その「やんちゃ加減」が、なあ。すべて私を怖がらせるためのハッタリならば、どんなにいいだろう。

 Aはカヨのことをかわいくないヤギだと言って、それ以降近づこうともしなかった。当時の私の日常はカヨと過ごす時間が長かったので、カヨと仲良くしてくれないんじゃ仕方ないなとAを家に招くのを控える理由にもなっていった。

 翌朝。仕事道具と着替えを持って、避難先に向かった。荷物を落ち着けてからすぐにパソコンを開き、メールを手繰った。書評依頼……これだ。過去に「週刊文春」編集部から書評の依頼を頂いたことがある。気が重いけれど、編集部に電話をかけた。Aからの垂れ込みが本当にあったかどうか。とはいえ具体的な内容を話すわけにもいかず、なんだか自分でも話がよく分からないものとなり、そういう問い合わせには答えられないんですと言われてしまった。まあそうだよね。これ以上粘ったら私が変な人と思われる。ていうかもう思われたな。Aのメール攻撃で、私もメンタルがおかしくなりかけているようだ。