読者からの質問
●いつも拝読しています。貫井さんの文章では、「岡惚れ」「瑞兆」など、いささか古い表現が散見され、非常に格調高い文体で構成されていると思います。文体や単語の選択において、執筆上心掛けている点はあるのでしょうか。また読者層として想定している性別年代はどのあたりでしょうか。(10代男性)
貫井 小説家になりたいと思ってから、実際にデビューするまで10年かかっているんですが、その間に言葉を憶えなきゃと思って、結構意識的に蓄積していたんです。小説を読んで知らない単語が出てきたらメモをとって意味を書いておく、という作業をやっていました。でも実際にデビューして小説を書く時に憶えた単語を使うと「難しいから使うな」と言われちゃうんですよ(笑)。それであまり使わないようになったんですが、小説家が使わないと言葉って伝わっていかないじゃないですか。だからたまにちょろっと使うようにしています。
読者層に関しては、僕はそういうのをまったく考えないタイプです。たいがい、僕は読者層に偏りがないんですよ。一般的には、その小説家と同じ年代の読者が多いとは聞くんですけれど。小池真理子さんがおっしゃっていて印象に残っているのは、年とともに男性読者は脱落していくということ。女性読者はいつまでも読んでくれるという。それを聞いた時、男性で特定の層にだけ読まれるというのではまずいなと思いました。読者層は広いほうがいい。僕の場合、乃木坂46の齋藤飛鳥さんが僕の本が好きだとあちこちで言ってくださっていて、10代の男性読者がすごく増えたんです。ありがたいことです(笑)。
●『壁の男』はモデルになった方がいるのでしょうか。先生の多くの作品は、ミステリでありながらいろいろな人の人生を描いていると思います。人の幸、不幸は総量が決まっているという人もいますが、先生もそのようにお考えになられますか。(50代女性)
貫井 インタビューの中でも言いましたが、モデルは『蜩ノ記』の主人公です。幸不幸については、決めちゃった時点で決まっちゃうという気がしますけれどね。自分で決まっていると思うから決まるのかもしれないし、決まっていないと思えばいくらでも幸せを味わえるかもしれませんよ。
●アイデアが浮かぶ時はどんな時ですか。(30代男性)
貫井 机に向かって一生懸命考えて思いつく。それ以外にないですね。風呂に入っている時にふと思いつく、なんてことがあればいいんですが、まったくないです。
●『愚行録』の映画が公開されますが、この作品は映像化が難しいと思っていたので、どんな作品になるのか楽しみです。そこで質問ですが、貫井先生の作品は『慟哭』『明日の空』『乱反射』など映像化が難しい作品が多い印象ですが、先生ご自身でぜひ映画やドラマが見てみたいという作品がありましたら教えてください。(40代女性)
貫井 『空白の叫び』。小説上のトリックを使っていないので映像化できそうですが、少年が人を殺す話なんて映像化できないんですよ。『さよならの代わりに』(04年刊/のち幻冬舎文庫)という青春SFミステリもすごく好きな作品で映像化したものが見たいんですが、最後の仕掛けが非常に難しいのでできないと思います。ただ、自分では映像化が難しいと思っていても映像畑の人からすると挑戦し甲斐があるようで、『愚行録』はまさにそうでした。原作に忠実に映像化するのは無理だろうと思って「自由に変えてください」と言ったのに、出来上がったものを見たら忠実でびっくりしました。
●『愚行録』映像化おめでとうございます。レッドカーペットの歩き心地を教えてください。(30代女性)
貫井 もともとは石川慶監督と満島ひかりさんだけが歩く予定だったんですが、ベネチア国際映画祭って他の映画祭より雰囲気が温かいらしくて。プレスさんたちが監督と満島さんの二人の写真を撮っていたら僕やスタッフたちにも「一緒に入りなよ」と言ってくれて集合写真を撮って、そのまま一緒にみんなでレッドカーペットを歩いたんです。というわけで実は予定外のことでした。いい経験をさせてもらいました。
●『愚行録』をこれから読むのですが、注目してほしいと思うところをぜひ教えてください。(20代男性)
貫井 さらっと読むと単なる嫌な話なんですが、どんなテーマなのかを考えながら読んでいただくと歯ごたえのある読書になるかと思います。あとは原作を読んでから映画を観ると、びっくりするポイントがあると思うので、ぜひ両方を楽しんでください。というのはですね、僕は『愚行録』に説明していない、隠しどんでん返しを入れたんですが、誰も気づかないんですね。でも映像化するとおかしいんですよ。スタッフが僕が書いていることが矛盾するといって困っていたみたいなので、僕が「真相はこうなんです」と言ったら「ああ!」ということで、真のエンディングが映像化されています。映画ではさらっと描かれています。
●ご自身の作品が映像化される際、ここだけはこうしてほしいという具体的な要望はありますか。(50代女性)
貫井 ケースバイケースですね。『後悔と真実の色』の映像化の話があった時、あれは従来の警察小説とは違うものとして書いたのですが、非常に従来型の、男のロマン、のような警察小説の映像化作品を作ろうとしていたのでお断りしたことがあります。
●ご自身で脚本を書いてみたいと思いますか。(50代女性)
貫井 それは思わないですね。やっぱり別のジャンルだと思うので。僕は脚本の勉強もしていないですし、やってみたところで素人仕事になってしまうと思います。
●作家以外になりたいという夢はあったのですか。あったとすればなぜその職業を目指さずに作家を目指そうと思われたのですか。(20代男性)
貫井 僕は高校生の時にはすでに小説家になりたいと思っていたので、他の夢というのはなかったですね。それは自分にとって当たり前のことだったんですけれど、後になってとても幸せなことだと知りました。夢を見つけられずに悩む若い人も多いそうですが、その夢を探すというのも大事なプロセスだということは言ってあげたいです。
●愛用している辞典は何ですか。(50代女性)
貫井 電子の「広辞苑」です。「広辞苑」で足りない時に他の辞書も使います。最近はWebで調べることも多いです。あ、むしろいちばん使っているのは漢字の使い分け辞典ですね。「きく」でも「聞く」とか「訊く」とか「聴く」とかいろいろあるじゃないですか。それをどう使い分けるかを調べるんです。これは僕、手あかがつくくらいすごく使っていますし、編集者や校正者は必携だと思います。
●登場人物の名前を決める時に注意していることはありますか。(50代女性)
貫井 知り合いの名前は使わないようにしています。やっぱりイメージがかぶってしまうのが嫌なので。あとはあまりそぐわない名前。たとえば今の小さい子の名前にするなら「〇〇子」にはしない、とか。男でもその時代の流行りの名前を意識してつけます。苗字にはわりと意味がこもっているケースが多いです。『壁の男』の伊苅は、理不尽な運命に対しての怒りを自分の中にため込んでいる男というイメージです。
●ほかの作家さんの作品はどれくらいの頻度で読みますか。(50代女性)
貫井 僕は結構読むほうです。ミステリに限らず、時代小説も恋愛小説も、海外のものも。
●Twitterはやめたのですか。再開する予定はあるのでしょうか。(40代女性)
貫井 再開の予定はないです。もともと自著の宣伝のために始めたんですが、やってもやらなくても部数が変わらないのでやめました。
●特に交流のある作家さんはどなたですか。(50代女性)
貫井 あまりいないんですけれども(笑)。前に大沢在昌さんに「仲のいい小説家は誰なの?」と訊かれて「京極夏彦さん」って言ったら「ふーん」みたいな感じで、僕が一方的に親しいと思ってんじゃね? と思われた気配がありました(笑)。でも京極さんとは親しいですよ。家に泊まりに行ったこともあります。