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連載昭和の35大事件

2019/12/01
「帝国大学新聞」に載った河合栄治郎の二・二六事件批判

「二・二六事件」をめぐる2つの謎

 須崎慎一「シリーズ昭和史No.2 二・二六事件」は事件の謎として

(1)皇道派青年将校の決起に対し、陸軍中央を握っていたのが、皇道派と対立する統制派だとすれば、ただちにこれを鎮圧しても不思議ではない。しかし実際はそうならず、解決まで4日も日数を要した

(2)本来被告席に着くべき陸軍が、次の広田弘毅内閣の組閣に干渉したり、二・二六事件を契機に居丈高になっていく

を挙げている。

 同じ著者は「二・二六事件とは何だったのか」の中で、「北一輝の影響を受けた青年将校」「皇道派と統制派の対立」「純真な青年将校が農村の窮乏を憤って(決起した)」など、二・二六をめぐって自明のように語られることは「神話だ」と言い切っている。北一輝の影響を受けた青年将校は少なく、統制派という集団は実体が薄い、青年将校は財界人から資金援助を受けていた……。そして、青年将校は必ずしもテロ・クーデターを考えていたのではなく、「満州」派遣が決起の最大の原因だったのではないかと推測している。

 そうした謎に対しては、この「昭和の35大事件」の「赤色ギャング事件」解説にも登場したマルクス経済者の河上肇・元京都帝大(現京都大)教授の獄中日記の記述が1つの解答になりそうだ。1936年11月13日の日記にこう書いている。

「日本では、ファシズムを抑えるという形をとって、ファシズムを進展させていくことができる現状にある。例えば最近の二・二六事件に対する鎮圧――関係者の比較的重き処罰などなど――は、いまの政権がファシズムに対立するものであるがごとき幻想を民衆に与える。いづくんぞ知らん。いまの政権自体が既にファッショ的本質をそなえているのである」。

1936年7月、二・二六事件の軍人側の判決が下った(東京朝日新聞)

 そして、同年11月24日の日記にはこうも。

「国債の利子を国債で払いながら、費用の大半は不生産的な軍事費に投じていく。これで国家が盛んになり維持ができていくというのなら、世に滅びる国家はあるまい。実に破滅は近づいた!」。日本が悲惨な戦争に敗北するのはそれから9年後のことだ。

本編「二・二六事件秘録」を読む

【参考文献】 
▽秦郁彦「昭和天皇の二・二六事件」=「昭和史の謎を追う 上」(文藝春秋、1993年)所収
▽須崎慎一「シリーズ昭和史No.2 二・二六事件」 岩波ブックレット 1988年
▽「昭和天皇実録第七」 東京書籍 2016年
▽「昭和天皇独白録」 文藝春秋 1991年
▽「木戸幸一日記上」 東京大学出版会 1966年 
▽テレビ東京編「証言私の昭和史(2)戦争への道」 旺文社文庫 1984年
▽「毎日新聞百年史」 毎日新聞社 1972年
▽前坂俊之「言論死して国ついに亡ぶ」 社会思想社 1991年
▽鈴木健二「戦争と新聞」 毎日新聞社 1995年
▽鳥居英晴「国策通信社『同盟』の興亡」 花伝社 2014年
▽松本重治「上海時代中」 中公新書 1974年
▽殿木圭一「聴きとりでつづる新聞史(31)」=「別冊新聞研究」1995年4月号所収
▽高橋正衛「二・二六事件」 中公新書 1965年
▽緒方竹虎ら「五十人の新聞人」 電通 1955年
▽高宮太平「人間緒方竹虎」 原書房 1979年
▽「朝日新聞社史大正・昭和戦前編」 朝日新聞社 1991年 
▽山本文雄「ある時代の鼓動」 新泉社 1977年 
▽永井荷風「断腸亭日乗第4巻」 岩波書店 2001年
▽池田操「銃剣に抵抗した新聞社説」=「総合ジャーナリズム研究」1966年8月号所収
▽桐生悠々「他山の石」1936年3月5日号
▽河合栄治郎 「二・二六事件に就いて」=「帝国大学新聞」1936年3月9日号所収
▽伊藤隆ら「二・二六事件とは何だったのか」 藤原書店 2007年
▽「河上肇全集22巻」 岩波書店 1983年

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