渡瀬恒彦は一九九〇年代以降、入浴剤のCMで子供たちと楽しそうに歌いながら風呂に入るなど、人情味ある「いいお父さん」的なイメージを強めていた。それでも、巨大銀行を潰そうと画策するバブルの怪紳士を演じたNHKドラマ『バブル』など、何年かに一度、「これぞ、渡瀬!」というヒリついた雰囲気の芝居をしてくれて、その刃が錆びついていないことを示していた。
しかも、ひたすらギラギラしていた若い頃とは異なり、「大人の男」としての経験が成せる落ち着きや柔らかさも加わっているため、殺気や迫力の上に尋常でない色気まで身にまとうことになり、その魅力はさらに深まっていた。
今回取り上げる『鉄と鉛』もまた、そんな時期の渡瀬の魅力を堪能できる一本だ。
不良たちが抗争を繰り広げる人気漫画『ビー・バップ・ハイスクール』の作者・きうちかずひろが自ら監督した本作は、全編を強烈なバイオレンスが貫いた作品になっている。
渡瀬が演じるのは元刑事の探偵。役名はない。探偵はある調査のためにヤクザの組長の息子を死なせる結果を招いてしまい、怒りを買った組長から突然「二十二時間十三分後の処刑」を宣告される。探偵は残りの時間を、ある少女から受けた「行方不明の兄を探してほしい」という依頼の解決のために尽くすことに。
多くを語らない、ぶっきらぼうな物言い。いつもどこかイラついたようでいながらも、全てを見渡す怜悧さも併せた、射るような眼差し。そして、時折みせる優しい表情の奥底から漂う、頼り甲斐のある温かみ。そんな渡瀬の姿が、陰影の強いザラついたハードボイルドな映像にハマっていた。
たまらない場面が物語中盤にある。ただならぬ殺気を漂わせながら、渡瀬は拳銃に弾をこめる。「何やらかす気だ」そう聞いてくるヤクザ(成瀬正孝)に、探偵は一言だけ答える。「仕事、続けるだけだよ」――ほんの短いセリフだが、そこには殺気とプロの矜持、そして少しのはにかみが綯(な)い交(ま)ぜになっていて、「大人の渡瀬」だからこそ放てる色気ある言葉として耳に響いた。
渡瀬は歳を経るにしたがい、役者として新たな魅力を次々に見せ続けた。遺作となったテレビドラマ『そして誰もいなくなった』でも、「老い」を凄まじい狂気の中に演じ、新境地を感じさせている。だが、それは間近に迫る死を覚悟した者だからこその新境地だったのかもしれない。ただ、その想いを聞いてみたとしても、渡瀬なら「仕事、続けるだけだよ」と言うだけな気もする。少し、はにかみながら。
渡瀬がこれからどう「仕事を続け」ていったのか。もっともっと、追いかけたかった。