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 正面の形状は安全性と乗務員の操作性から検討して最適解だ。「細い顎」のまわりには強固な鋼材をつかっており、衝突時に車体を守る。その機能を踏まえた上で、小田急はスピード感を演出したかった。最高速度を上げるわけではないけれども、複々線化によって所要時間を短縮できる。そのアピールのために流線型と「細い顎」がある。旅客機のほとんどが同じような顔になるように、電車も機能を追求すると似てくるものらしい。

子どもが前方を眺めやすいように

 他社との差別化は灯火類で実現した。下部の左右の前照灯をつなぐように配置された尾灯だ。最後尾となるときは赤いラインの尾灯となり、先頭となるときは装飾灯として白く光る。遠くから見ると前照灯に繋がってワイドな白色灯に見える。2019年4月に発表した完成予想図では、すべてLEDの前照灯になるかのように描かれていた。しかし、実際にそれをやるとまぶしすぎるため、先頭となるときは装飾灯として白くなる仕様になったという。

 先頭になるとき、といえば、鉄道好きにとって前面展望も楽しみのひとつ。ところが、5000形の運転席の真後ろは壁になっていて窓がない。鉄道ファンにとっては「かぶりつき」で前方を眺められない。これにも理由があって、この壁の扉の内側には避難ハシゴが格納されており、車掌がすぐに取り出せるようにしたという。さらにボルトを外すと、運転席ごと運転士を引き抜ける構造になっている。これは他社の踏切事故で運転士の救出が遅れた教訓から導かれた仕様だ。

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乗務員室の右側にある窓は、前方の視界が開けている

 その代わり、前方に向かって右側、運転席がない方には窓がある。ここは遮光スクリーンを設置せず、常に景色を眺められる。この窓は低い位置まで作られ、運転台もこの窓から見える部分は低くなっている。子どもが前方を眺めやすいように、という配慮だ。なるほど、ロマンスカーを走らせ「前面展望が楽しい」を知っている小田急らしさ。

 また、「乗務員室の真後ろに車椅子スペースを設置する」のも小田急の伝統とのこと。5000形は中間車も1つずつ車椅子スペースが用意された。

乗務員室の真後ろにある車椅子スペース

細かい工夫がいっぱい

 小田急の電車には、大きく分けて2種類の車体規格がある。ひとつは5000形、3000形のような小田急線内専用仕様だ。もうひとつは4000形のような地下鉄千代田線直通仕様だ。地下鉄直通仕様はトンネルや構造物に合わせて車体幅が狭く、先頭車前面に非常口となる扉が必要になる。さらに、直通運転先の東京メトロ、JR東日本に対応する保安システムも搭載する。したがって、地下鉄直通仕様は製造コストが大きい。

 小田急線内仕様の電車は伝統的に拡幅車体を採用していた。車体の裾を絞ってプラットホームの建築限界に対応しつつ、上部の横幅を広げた。拡幅車体の下部が丸みを帯びている理由は満員時に車体が沈んだり、揺れたりしてもプラットホームに接触しないようにという配慮だ。しかし、現在運行中の小田急仕様3000形は拡幅車体にしなかった。これはコスト削減と軽量化のためだった。不景気と少子化を見据えて、鉄道業界全体が車両のコストを抑えた時期がある。3000形はそんな時代の申し子だった。