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三段リーグの戦場は対局者以外誰も入ることが許されない

 こうなるとフリークラスを含めた3名昇段でめでたしめでたし、という状況を期待するのが外野の空気である。正直、筆者もそういう気持ちがまったくなかったと言えば、ウソだろう。

 ただ、余計なプレッシャーを掛けられる当人にすれば、まったくもって迷惑千万な話である。「フリークラス昇段をせざるを得なかった」者の痛みは、当人にしか絶対に分からないに違いない。また過去のフリークラス昇段者が全員順位戦に参加できているとはいえ、自身が「史上初」とならない保証など、どこにもないのだ。

 かくして17回戦は始まった。将棋会館には朝から多くの報道陣が集まったが、対局室で撮影を行ったのは日本将棋連盟の職員などわずか数名。三段リーグの戦場は対局者以外誰も入ることが許されない、タイトル戦以上の聖域なのである。

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“聖域”である三段リーグの対局室 ©日本将棋連盟

 数時間後に17回戦が終了した結果、谷合、服部、西山の3名は誰も負けなかった。この結果、谷合の2位以上が確定し、フリークラスではなく、順位戦C級2組に参加する四段としてのデビューが決まった。

将棋会館へ駆けつけたレジェンド

 そして残る1枠は服部と西山の争いに。服部●、西山○という結果が出た時のみ、史上初の女性四段誕生となる。報道陣をはじめとする関係者が続々と将棋会館に集まってきた。

 その中にいた一人が蛸島彰子女流六段である。「史上初の女流棋士」は女流棋界における文字通りのレジェンドだ。蛸島女流六段がいなければ、女流棋界の発展は大きく遅れていたどころか、存在すらなかったかもしれない。自身も女流棋士制度ができる以前、奨励会に身を置いて初段まで昇段した実績があるが、居てもたってもいられなくて将棋会館へ駆けつけたそうだ。

「私が元気なうちに、こんな瞬間が見られるかもしれないことが、うれしいです」

 と、レジェンドは語った。

昨年のインタビューでは「そう遠くない将来に、女流棋士ではなく、男子と同じ条件で奨励会を戦って四段になる、女性の棋士が出ると思っています」と語っていた蛸島彰子女流六段 ©文藝春秋

 17時を過ぎた。間もなく各対局が終局を迎えるころだ。報道陣が今か今かと待ちわびている中、日本将棋連盟の職員が告げた言葉は――。

「服部勝ちです。西山の昇段はなくなりました」

 この言葉とともに場の空気が変わった。普段、将棋に携わっていないであろう報道陣はすぐさま帰り支度をしている。ただ、常日頃から将棋界を追っている関係者の空気はそれとは違っていた。