「軍人さんが馬術の練習をやめるならば……」
9月1日、東京・葛飾の本田淡ノ須町会が、国家非常時に巨万の費用を必要とするオリンピック開催のごときは、各国に断り状を出すべきだとして、東京オリンピック開催反対を決議した(「幻の東京オリンピック」)。さらに、9月6日、河野一郎議員が衆院予算委で近衛文麿首相に質問している。9月7日付東京朝日朝刊には「河野氏はさらにオリンピックの計画中止につき首相にただし……」としか書いていないが、「幻の東京オリンピック」によれば、内容はこうだった。
「軍人さんが馬術の練習をやめるならば、国民も全部やめなければならぬ。これが日本国民の華である。この認識をどうして持たないか」。近衛首相は「関係団体とよく協議して政府としての態度を決めたい」と答えた。
翌9月7日付朝刊各紙は一斉にオリンピックの見通し記事を載せた。「東京大会遂に絶望か オリンピック開催に 政府は辞退の方針」(東京朝日)、「事変の重大性に鑑み オリムピック取止め 閣内の意見大体一致す」(東京日日)。記事を見ると、「政府では遂にオリンピック東京大会辞退の方針を固め、関係団体より問い合わせがあった場合、その意向を表明することになった」とある。他の2紙もほぼ同様の趣旨で、河野議員に対する近衛首相の答弁を基に、政府の態度を報じた。
特に読売は、風見章・内閣書記官長が国会終了後、内閣記者団に語った内容を伝えている。「現在のような時局では、結局オリンピック東京大会は辞退するよりほかに方法はないのではないだろうか」「民間側から申し出がなくても、政府当局としては補助金が出せないから、中止より仕方があるまい」。打つ手はないという言い方だ。
東京市は「あくまで開催の方針」を強調
紙面には副島IOC委員の談話も載っているが、これが3紙でかなり違う。東京朝日では「支那事変で皇軍(日本軍のこと)が大勝して時局が安定」すれば可能だと話し、東京日日では「政府の方針に従うのみ」、読売では「関係者と相談して考える」としている。
しかし、オリンピックの主体は都市で政府に権限はなく、東京市は「あくまで開催の方針」を強調。9月8日付読売夕刊によれば、風見書記官長も、記者の誤解として自分の発言を否定している。さらには、9月8日付東京朝日朝刊は社説で「ことは国際信義の問題であり、スポーツ日本の面目問題」として返上反対を訴えたが、既に「返上」へ向けたレールは敷かれていたようだ。