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「感染が怖いけどパチンコに行ってしまう」正確な知識だけで行動は変えられるのか?

「行動変容」を文化人類学者が解説

2020/05/03
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第2段階の思わぬ落とし穴

 しかし、この方法にも難点があった。なぜなら、コミュニティに関わり合いたくないと思う人たちもたくさんいたからである。自分のことをゲイだとカミングアウトしてコミュニティに関わり、そこでいろんな予防の知識を実践的に学べる人はいい。その一方で、誰にもカミングアウトできず、自分の性的指向を隠したままセックスする人たちもたくさんいた。

 この予防施策は、コミュニティへ関わる人たちの間では一定の効果を発揮したが、コミュニティへの関わり合いを拒否する人たちには十分な予防効果を発揮しなかったのである。 

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 新型コロナウイルスの場合、このコミュニティ戦略による予防介入は可能だろうか。エイズの場合には、感染にさらされやすいリスクグループが特定され、それを対象とした予防介入が行われた。しかし新型コロナウイルスの場合、医療従事者をのぞけば、感染にさらされやすいグループが存在するとは言えない。したがって、コミュニティを形成し予防するという方法にあまり効果は期待できないかもしれない。この点が、二つの感染症の大きな違いの一つと言える。  

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エイズ治療が予防となる時代へ 

 HIV感染予防のための「行動変容」の考え方が大きく変わったのが、2000年代になってからである。1996年頃になると、HIV陽性者に対する画期的な治療法(HAART)が誕生する。そして投薬を始めたHIV陽性者の体内から、次第にHIVのウイルス量が低下するという報告がなされるようになる。つまり、HIV陽性者がきちんと投薬治療をすれば、他者にHIVをうつすリスクが著しく低下したのである。 

 その結果、とにかく早急にHIVに感染している人々を見つけ出し薬の投与を始めるという予防法に切り替えられていく。HIV陽性者に対する投薬治療が広く普及すればHIV予防活動にとっても効果的だということが次第に科学的に証明されていったのだ。「治療=予防(Treatment as Prevention)」という考え方の登場であった。