「書くことの罪」と「書かぬことの罪」
―――あとがきにノンフィクション作家は「書くことの罪」と「書かぬことの罪」を背負っていて、後者の罪をより重いと考え、『女帝』を執筆されたとあります。
石井 人のプライベートな領域に踏み込んでいくことは、書き手にも覚悟が要ります。とても辛いのです。ここまで書いていいのか、その都度、悩みます。 だからこそ、この人の生涯を書くことで、何を伝えられるのか、何を提示できるのか。よくよく考えてから執筆するようにしています。
書くことの辛さに心が折れて、途中で辞めてしまったノンフィクション作家もいます。書いた内容に非難が殺到し、筆を折った作家もいます。 取材には時間もお金もかかる、何よりも取材過程では人間を相手にするわけですから気苦労は絶えません。
しかし、調査報道や、事実の追求をしなくなったら、どんなマイナスが社会にあるのか。事実を知る立場にありながら、それを伝えないこともまた、罪深いことです。
取材に協力してくださった方々と並んで、本を購入してくれた読者に私は今、深く感謝しています。
読者が本を買ってくれると、それは選挙の一票ではありませんが、支持を得たということで、必ず出版の現場にはねかえる。読者は本を買うことで編集の現場に影響を与えているのです。
出版物の傾向を変えられるのは、読者だけです。「ノンフィクションは売れない」、「厚い本は売れない」「評伝は売れない」等と、出版界では言われ、ノンフィクションは、縮小傾向に置かれていたのですが、読者がそうではないと教えてくださいました。
写真=末永裕樹/文藝春秋