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 そして、いじめ同様に井上少年を悩ませていたのは、家業の不振と、酔って帰ってくる父親の暴力だった。

「家業は印刷業だったんですが、バブルの頃からどんどん中国に仕事を取られ始めて単価が安くなって。どんどん苦しくなっていきました。それにつれて、親父も毎晩飲むようになって。飲んで帰ってくると説教されるんです。学校行けって殴られて、引きずり回されていました。僕はそれでも、頑として学校行かなかった。

 そんな毎日で、ある日、何かのきっかけで俺が家で騒いだんですよ。そしたら親父が俺の首をぐっと絞めるように持って。無表情ですよ? それでずっと僕の方見てるから、僕も何も言わずそのままずーっと向き合ったまま。すごく長い時間に思えましたけど、しばらくしてパッと手を離すと何も言わずに行ってしまったことがありました。今でもすごく覚えていて、ああいう時って声も出ないんですよね。

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 そんな親父ですけど、ちゃんと大学を出て教員免許持ってるんですよ。ただ、おじいちゃんが始めた家業を継がなきゃいけなかったんだと思う。やりきれない思いもどこかにあったのかもしれない」

館内のいたるところに井上の写真が。飲料メーカーとのタイアップポスターも斬新すぎる
今やおふろの国のアイコンとして欠かせない存在

『北斗の拳』がきっかけで“体を鍛えること”に目覚める

 学校でも家でも毎日ボコボコにされる生活。井上少年は現実逃避をするかのごとく、漫画に夢中になったという。当時大阪に出来た日本初の特撮、アニメ関連グッズ専門店のゼネラルプロダクツ。そこに行くのが唯一の楽しみだった井上は、『北斗の拳』を見て、自らの体を鍛えることに目覚めはじめる。

「『北斗の拳』を見ては『アータタタタタ』とか言ってよく真似していました(笑)。それがきっかけで『体鍛えよう』と思い立ったんです。たまたま家の近くに大池橋ボディービルセンターというのもあって、毎日通うようになりました。ただ相変わらず父親は飲んでばかりで何もしないので、家業を手伝いながらでした。

 飲酒運転で免許がなくなった親父に代わって、僕が大阪の生野区にある会社から久宝寺のお得意先まで、8kmぐらいを30キロの荷物を積んで、自転車で配達していましたね。しかも1日に1回じゃなくて何回もなんで(笑)。そのおかげか足の筋肉とかは自然に鍛えられましたよ。高校にはほとんど行っていませんでした」

 家業を手伝いながら、それ以外はすべてトレーニングに費やし、21歳でパワーリフティングの新人戦で準優勝。ボディービルでも、22歳の時に大阪のバンタム級3位という成績を残す。

 思わぬことから自分の才能に目覚めた井上は、いよいよ格闘技に興味を持ち始める。