「弁護士費用をプロレスのギャラで全部返した日は、ひとり町田のパブで乾杯しましたよ。ようやく終わったと、しばらくほっとしてたら、今度は実家の大家が代わって『ここはうちの土地なので、今月から家賃の方は3倍で』って」
捨てる神あれば拾う神あり。当時井上が世話になっていたボクシングのトレーナーが住居込みで両親の面倒を見てくれるという。手続きを進め、あとは引っ越すだけとなったある日、重大なことが発覚する。
「2008年2月26日、今でもはっきり覚えています」
「母親が『話がある』って言ってきて。実は闇金にすごい借金していたことを隠していたんです。正直、父親の会社の借金以外は全く知らなかったんで、言葉が出なかった。受け入れ先にも言わないわけにいかないじゃないですか。そしたら家のあてもなくなって、明日からどうしたらいいか完全にわからない状態。さすがに頭が回らなくなって『ちょっと考えられない、寝る』って言って、ふて寝したんです。
しばらくシーンとしていて。そしたら、仕事場のほうからすごい動物みたいな声が聞こえてきたんです。『ギャー』とかって。あんな優しい母親があんな動物みたいな声出すのかと思ったその瞬間に、僕はもう何が起こっているのか、大体分かってしまっているんです。それで起き上がりたくない。もうずっと永遠に時間がこのままもう止まってもいいと思いました。頼むからこのままもうずっと寝させてくれって。仕事場で何が待ってるかもわかるわけです。でも『やっぱダメか。起き上がるしかないのか……』と仕事場に行ったら、父親が首を吊っていました。2008年2月26日、今でもはっきり覚えています」
泣き叫ぶ母親ととともに父を下ろした。心臓はすでに動いていなかった。
「横で母親が『お父さんまだ生きてるから、まだ生きてるから』って言うけど、もうどう見ても死んでるんです。それでも心臓をどんどんどんどん叩いて、人工呼吸して。警察と救急隊が来てからも母親はずっと、『お父さんは助かる』と言ってましたね。
僕は自分のやってることをやめようと思ったことなかったんですけど、あの日だけはもう全部やめようと思いました。家族を少しでも幸せにしたくて一生懸命にプロレスをやってきたけど、これはもうやめようと。自分は失敗したと思って。僕のやってることってどうですかって。みえないって。『すみません、プロレスもうやめます』って」
井上勝正38歳の出来事だった。
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