映画「地獄の黙示録」でマーロン・ブランド演じる、原住民を従え、森林の中にコツコツと自分だけのユートピアを作り上げた男。佐賀県の武雄市で私は“現代のカーツ大佐”と出会った。
黒で統一された薄暗いサウナ室の真ん中には明かりにぼんやりと照らされて浮かび上がるIKIストーブ。その横に置いてあるロウリュ用の桶には地場産の“ロウリュ用ほうじ茶”があり、ロウリュ時にはほうじ茶の薫香がサウナ室に広がっていく。壁に刻まれた細い一筋のスリットからはほのかに外光が差し込み、室内には御船山に仕込まれたマイクからリアルタイムで集められた山の音が流れ、野鳥のさえずりや風のそよぎが聞こえてくる。さらに、水風呂は武雄温泉の軟水を16度に冷却した最高の水質。休憩スペースからは御船山の荘厳な岩肌が望める――。
体験の全てが独創的でコンセプチュアル。そんなサウナを味わえるのが、佐賀県にある御船山楽園ホテルだ。他にも全室露天風呂とこだわりぬかれた調度品が設えられた高級旅館・御宿竹林亭をはじめ、その唯我独尊の美意識とこだわりで全てを作り上げてきたオーナー・小原嘉久の人生もまた、波乱万蒸だった。
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DJを目指した青年が、32歳でいきなり12億円の借金を背負うことに
「私の祖父が嬉野の温泉旅館を購入して、家業としての旅館業がスタートしました。その後、すぐ隣町にあった御船山を父が購入。僕は生い茂る夏草の香りで夏を、金木犀の香りで秋を感じる、においと季節が連動するような環境で育ちました」
四季の移り変わりを身近に感じていた小原少年は、やがて音楽に目覚めハウスミュージックのDJを志すようになる。大学を卒業し上京、旅行会社に就職するも1年で退職。音楽関係のバイトをしながらプロDJを目指しイベントや作曲などを行っていた。
「家業は兄が継ぐと思って、僕はDJを目指していたんですが、鳴かず飛ばず。結果、親のすねをかじりながら生活していました。ちょうどそんな時に会社の経営が傾き出して、父から『家業を手伝いに帰ってこないか』と言われたんです。これまで本当に親不孝だったし、同時に父が糖尿病を患ったので、ちょっとでも自分が手伝ってプラスになればと武雄に帰ってきて旅館に入りました。28歳の時でした。
それから仕事に慣れて経営を少しずつ任されるようになるにつれて、本当にうちの経営ってやばいんだなというのがわかってきて。結局、兄は継がないっていうことになったんですが、従業員80人の生活もあるし、幼少の頃から育ってきた大切な場所だというのもあって、僕がやれるだけやって、だめなら最悪自己破産して責任をとろうと決断しました」