「セブン、エイト、ナイン、テン!」
意識が朦朧とする中、レフリーの声がテンカウントを告げる。
映画『レスラー』でCZWの興行シーンにも使用されたアメリカ、フィラデルフィアのECWアリーナのマットの上で、プロレスラー井上勝正は自らの身体の限界を感じていた……。
井上勝正、50歳。神奈川県横浜市鶴見区の温浴施設「ファンタジーサウナ&スパ おふろの国」の従業員であり、他とは一線を画す独自のロウリュ集団“熱波道”を率いるカリスマ熱波師。
元プロレスラーという異色の経歴を持つ彼の人生もまた、波乱万蒸だった。
サウナを教えてくれたのは「ヤクザの親分」だった
「生まれは大阪の生野区。うちは貧乏で、毎晩お風呂屋さんに行っていました。当時は、町内に10軒以上銭湯がある時代で、僕が10代の頃に一斉に銭湯がリニューアル始めて、サウナがついたんです。最初に入った時は、ヤクザがわーっといてて。『お前らサウナで静かにせえよ』『しゃべるな』とか色々教えてもらって(笑)」
サウナとの出会い自体は特別ではなかった。むしろ「こんな暑いところにいて、何が気持ちいいんだろうか?」と思っていたという。そんな井上に、サウナを教えてくれたのは偶然出会ったヤクザの親分だった。
「ある時、ヤクザの親分さんが『最初に出たやつ10万な』とか言い出したんです。今考えるともちろん冗談なんですけど、当時はとにかく頑張って長く入りましたよ。それで、ようやくサウナから出られて上がろうとしたら、親分さんに『おぉ待て待て』って止められたんですよ。ちょっとビビりますよね(笑)。『お前サウナから出たら水風呂や。入れ』って、水風呂から上がって、ボサーッとしているわけですよ。とりあえず、見よう見まねで同じようにしてみたら、『あ、気持ちいいな』って。
それが僕の水風呂初体験でした。それから風呂に行くと親分さんに会うことは多くて、ある日、腕に彫ってある女の人の名前をじーっと見てたら、『これ、死んだ女房なんだよ』って教えてくれたり……。他にも変った人がいて、漫画『うる星やつら』のラムちゃんを彫ってるおじさんとか(笑)」
サウナと出会った少年期。しかし、ここから熱波師になるまでには、長く壮絶な人生が井上を待ち受けていた。
学校での壮絶ないじめと、父親からの暴力
「小学校4年ぐらいの頃から、すごいいじめにあって。子供同士の集団って自分たちとちょっと違うようなやつをはじこうとするわけですよ。毎日毎日、嫌で仕方がなかった。中学行っても、またいじめ。先生も庇ってくれなくて、挙句の果てには『落ちこぼれは一番いらない』ってはっきり言われました。不良はなんだかんだかまってもらえるんですよ。でも僕みたいに勉強できない“落ちこぼれのいじめられっ子”が一番面倒くさかったんでしょうね」