東條神話をでっち上げようとする人々
今後とも数多くの太平洋戦争関係の資料は出てくるだろう。だが、偽の記録というのも必ず出てくる。もっとも怖いのは、史実を見る目がない人が、その偽りの記録を安易に信じてしまうことだ。
これは4、5年前の話だが、ある新聞社の記者が私のところへ来て、東條が巣鴨プリズンにいた時に同房だった人物が今なお生存していて、その証言をとったので記事を書く、ついてはコメントをくれないかと言われた。私は巣鴨プリズンにはそういう同房の者などいないことを、丁寧に具体的に説明した。そんなガセネタに振り回されるべきではないとも話した。それで彼も納得してくれたのだが、こういう情報を信じる方が悪いのだとも諭した。
すると、その新聞記者はポケットから1枚の紙を出して、私に見せた。それはその老人が描いた、東條と一緒にいた巣鴨プリズンの部屋の見取り図だという。6畳ほどの部屋の中にベッドや書き物机、トイレなどがあって、窓ガラスの向こうには芝生が見える。ご丁寧に電話まであって、まるでどこかの応接間のようだった。
一目見て私はすぐ、これはありえない、何か謀略めいた動きがあり、それにこの記者は乗せられていることがうかがえた。誰がこういうことを行うのか。歴史にうとい記者につけこむのは誰なのか。不透明な動きを感じ取ったものだ。
巣鴨プリズンで東條は、24時間常にMPに監視されていた。毛布を頭までかぶって寝ていると、MPが入ってきて足で毛布を蹴飛ばして、顔を出して寝ろと命じられる。同房者がいるなんてあり得ないし、ましてこんな応接間のような房に収容されていたのではない。記者はしだいに黙していった。
この情報はある筋から出てきたと言うのだが、明らかにある意図からだされている。つまり、東京裁判で東條は日本の国策を堂々と代弁した、その姿に感激したマッカーサーは、東條を特別室に収容したというエピソードを作ろうとしていることがうかがえる。東條をなんとしても戦時指導者として相応の人物だったとする神話づくりが、その擁護派から流されているのだ。
このような歴史改竄の作為、偽証が出てくる時代であり、これからも数多く浮かびあがってくる可能性がある。今はまだ巣鴨プリズンの看守だった人たちも生きているから、その手の話もでっち上げだとすぐにわかるが、やがて記憶を持っている関係者がいなくなると、こういった偽の資料が次々出てくるだろう。そうすると史実が改竄されるだけでなく、私たちは歴史をまったく誤った史実のもとに理解することになりかねない。
太平洋戦争下で詭弁を用いた指導者は、もとより東條だけではない。国民にすべての責任を負わせ、自らは巧みに言い逃れの弁をもって歴史の中に隠れようとする者もいる。