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消えた包丁の先端

「起訴状の内容に間違いないです」

 法廷の造田博は、罪状認否でそう言っただけだった。

 これに拍子抜けしたのか、裁判長が念を押す。

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「間違いないことで、いいですか?」

「はい」

 うちひしがれたように、沈んだ声だった。

 そんなことにはお構いなしに、検察官は粛々と立証に入る。

 検察官は犯行現場から押収した凶器の包丁と金槌を法廷に持ち出し、法廷中の人々にも見えるように、彼の方に掲げて見せた。

「この玄能(金槌)に見覚えありますか?」

「あ。はい」

「事件の時に持っていたものですか」

「あ。はい」

「東急ハンズで買ったものですか」

「あ。はい」

 彼は必ず、問いかけに対して「あ」をつけてから答える。それも抑揚も感情もなく、機械的に。しかも、そのあとに続く「はい」は、どこか気が抜けたような生返事だった。

「この包丁に見覚えありますか」

 それに視線を送った彼は、少し間をおいてやはりこう言った。

「あ。はい」

 奇妙な色に錆び付いた包丁は、柄から先端にかけて、ぐにゃりと曲がっていた。刃先は欠損している。

©iStock.com

「事件の時に持っていたものですか」

「あ。はい」

「東急ハンズで買ったものですか」

「あ。はい」

「先が欠けていますが、いつ欠けたんですか」

「捨てた時……」

「ん」

「捨てた時に、欠けました」

 実際には、被害者の身体の中に破損して残っている。

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青沼 陽一郎

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