家から出しましょう
きっかけは、父親が地元の新聞で見つけた記事だった。近くの地方都市にあるNPO団体「ひまわりの会」で、引きこもりの家庭のサポートをしているという。
父親は、さっそく会いに行ってきた。会長の村上友利さんとすっかり意気投合し、その場で入会。
それからは夫婦で月に1回、会合に参加するようになった。
そのうちに村上さんが、月に一度石田さんの家を訪問してくれるようになった。
宗太さんの部屋の前で声をかけるが、返事はない。あとでわかったことだが、声が聞こえないようにヘッドホンをつけて、大きなボリュームで音楽を聴いていたそうだ。
3回目の訪問のときは、2階にいる宗太さんがトイレに行く音が聞こえたので、村上さんはトイレから出てくる宗太さんを待ちぶせしてみた。
ついに、宗太さんが姿を見せた。「あ! びっくりした!」と声を上げ、村上さんを避けるように自分の部屋に逃げ込んでしまった。
そんなふうにして訪問サポートを続けているうちに、また1年が過ぎた。このままでは何も変わらない。
「宗太くんを家から出しましょう」。村上さんと父親は、相談の結果そう決めた。
本人には内緒で、センターから歩いて3分くらいのところにアパートを借りた。両親が家財道具一式を揃えた。これから寒い季節になるからと、こたつも入れた。
あとは本人を何としても説得し、決断させることだ。果たして出てきてくれるのだろうか。
平然とテレビを観ながら食事
いよいよ決行の日、村上さんは朝からやってきた。一日がかりで説得するつもりだった。宗太さんの部屋の前で、村上さんはこう声をかけた。
「ここを出て一人暮らしをしてみよう。今日、行こう」
父親も呼びかけたが、全く応答がない。
「宗太君、ドアを開けるよ」
金属バットの突っかい棒をうまく浮かせて、何とか部屋のドアを開けた。
そこには、平然とテレビを観ながら食事をしている宗太さんがいた。
村上さんたちの存在を全く無視していて、動揺した気配もない。髪は背中まで伸び、髭も、仙人のように伸びていた。