昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集観る将棋、読む将棋

2020/12/22

 でも、完敗も緊張も含めて得難い経験だった。またプロ公式戦に出たいなと思っていた天野倉さんだが、そもそも今年のアマ大会は、プロ公式戦出場枠があるメジャー大会含めて中止ばかりでチャンスがない。

朝日杯に出場を希望したものの……

 今年の6月ごろ、天野倉さんに「朝日杯に出ませんか」と連絡が入る。朝日アマ名人戦も、学生名人戦も行われなかった今年は、アマを10人出場させることは見送るものの、朝日アマ名人のタイトルホルダー横山大樹さんと、昨年学生名人と学生王将の学生二冠となっていた天野倉さんの2人だけを出場させる方向になっていた。

 出場希望と答えたものの、天野倉さんは昨年末の王座戦以来、大会に出ていない。対面での活動は禁止で、駒を触る機会もほとんどなかった。

「出場させていただく以上、あんまり恥ずかしい将棋は指せない。こんなに実戦不足でプロ棋戦に出たら、何もできずに負けるんじゃないかと不安になりました」

 

 ただ、1回戦の相手が谷合四段に決まってから対局まで1カ月あった。前回の黒田戦のときより余裕がある。天野倉さんは谷合四段の棋譜を集め「水匠」などソフトを使って序盤の作戦を練る一方、伊藤さんや将棋部の強い先輩に頼んで少人数での対面対局を重ねた。

 天野倉さんは研修会時代に仲良くなった、他大学に通う奨励会有段者とVSを続けている。その奨励会員とも直前に何度か対局し、作戦の質を上げることができた。

部員は中継アプリを見ながらZoomで応援

 谷合四段との対局日、伊藤さんは部員に「Zoomを立てるから、参加できる人は天野倉の応援をしよう」と呼びかけた。将棋連盟のモバイル中継アプリを見ながら、ソフトの検討画面を十数人で共有した。

 入念に準備してきた天野倉さんの研究手順通りに対局は進み、リードを奪う。「すげー」「ここもソフト最善手か」。プロに勝つのは簡単ではないと考えていた部員たちも、ひょっとして勝てるのではと盛り上がってきた。終盤、天野倉さんの得意の形に持ち込んだ。ソフトの評価値も大きく天野倉さんに振れてきた。「これはもう大丈夫。いける」。

 天野倉さんはプロに初勝利を挙げ、午後の上村亘五段との2回戦にも勝った。1回戦と2回戦の間には、将棋会館そばの「モスプレミアム」でハンバーガーランチ。研修会時代に千駄ケ谷駅から通った道にあったのは普通の「モスバーガー」だったのが、久しぶりに通ったら同じ場所で「モスプレミアムに昇格」していて「おっ」と思ったからだ。

 

 3回戦、4回戦は1か月後の8月30日だった。8月は夏休みで時間がある。天野倉さんは、東大将棋部のデータベースを漁り、3回戦の佐藤秀司八段戦に使えそうな研究を探した。四間飛車から飛車を引き、2筋に移動して攻める変わった形を研究した先輩のファイルをもとに、新しいソフトでさらに掘り進めていく。