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連載昭和事件史

2021/01/03

「身体の一部」「例の紙包み」「肉片」「“男性”」各紙は定が「持ち去った物」をどう報じたのか

 問題の1つは定が切り取って持ち去った物を各紙が何と表記したかだ。東朝は記事にある通り「下腹部」だが、東日は「局所」、読売、報知、国民、都はそろって「急所」(国民は見出しは「男性」)。時事は「身体の一部」だった。

 各紙とも苦慮したようだが、石川県を本拠とする「北国新聞」は初報の5月20日付(19日発行)夕刊で主見出しが「待合の殺人 睾丸持ち逃げ」とモロ。続報の20日付朝刊では横見出しで「男根持ち逃げ殺人」とうたっている(本文中では「急所」「切断物」と表記)。いまではとても考えられない。逮捕時などには「例の紙包み」「例の物」「“切り取り物”」「肉片」「“男性”」も登場した。

 公判の裁判長を務めた細谷啓次郎の著書「どてら裁判」では、彼もその用語について検討し「局部という言葉を努めて使うことにしたが、これでもなんとなくしっくりしないと思ったが、しかし、事件に当てはまった適当な言葉が浮かばなかったので、仕方なくその言葉を使うようにした」と書いている。

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「美人で様子のいいことから主人と変なうわさが立ち…」

 東日の「相ついで家出」という記事には

犯人さだは本年2月ごろ、吉田屋へ女中として住み込んだが、美人で様子のいいことから主人と変なうわさが立ち、二人は主人の妻女とくさんの目を盗んであいびきしていた。4月23日ごろ、さだは荷物をまとめて無断で家出し、その翌日、石田さんも金を懐中にブラリと飛び出し、そのまま便りもなかったが、1週間前、石田さんはひょっこり帰宅し、また家出したままになっていたものである。

 とある。この段階で各紙には、有名学校の校長である1人の地方の名士が登場していた。東朝は「中京商業校長を取調」の見出しで報じている。

凶行前夜の男女は夕食にビール2本を抜いて間もなく寝込んだようであったが、18日朝8時ごろ、きれいに化粧した女は「水菓子を買ってきます」と称し、待合で呼びつけの三業タクシー運転手・小林春綱の自動車で新宿へ向かい、伊勢丹横側の交差点で停車するや「ここでいいわ」と車から降り、にぎやかな新宿通りへ姿を消してしまった。同女がさる16日、神田区淡路町2ノ8、萬代屋旅館に宿泊中の名古屋市市会議員、中京商業学校長・大宮五郎(49)に手紙を差し出した事実が判明したので、同氏につきその間のいきさつを調べに急行したが、大宮氏は18日朝、外出したまま深更に至るも宿へ帰らず、捜査本部では旅館へ刑事を派して帰館を待ち構えていたが、大宮氏は19日午前1時、市内某所から尾久署に連行。参考人として取り調べられている。