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連載昭和事件史

2021/01/03

「円タク」とは1円(2017年の価格に換算すると約2000円)均一のタクシーのこと。「セル(の着物)」はいまで言うウールの着物で、当時は春秋の季節の変わり目によく着られた。「鶉お召」は絞りの大きなちりめん(湯で縮ませた絹織物)で、明治末から大正時代に流行した。袷は裏地の付いた、単衣は裏地の付かない着物。当時の5円は2017年の価格に換算すると約1万円で、13円50銭、8円50銭はそれぞれ約2万7000円と約1万7000円。

 変装というより、着物を着慣れた女性が、5月後半という季節に合わせて着替えたとも思える。とても殺人を犯して逃走中とは思えない、堂々として優雅ささえ感じさせる行動だ。

「血文字の定」「妖美な悪の華」「淫奔で情熱の情痴的痴呆者」…過熱する報道

 20日付朝刊になると、定が18日午後、新橋の古着屋でまたセルの着物に着替えたことを各紙報じた。「大膽(胆)、再び變装して 風の如く消える」(東日見出し)、「まるで變幻・女役者」(時事見出し)…。定の一挙手一投足を事細かく伝え、東朝、東日、読売、国民、都は足どりを図解で載せる騒ぎに。東朝は「いずこに彷徨ふ(さまよう)? 妖婦“血文字の定”」の見出し。

「グロ殺人の女いづこ」新聞は定の一挙手一投足を派手に伝えた(報知新聞)

警視庁捜査当局が全管下の警察はもとより、近県各地のおよそ犯人が立ち回るべき懸念のある温泉地はじめ、あらゆる筋へ水も漏らさぬ手配を発して厳探(厳重探索)を続けているにもかかわらず、依然検挙に至らず、しかも、その後判明してくる同女の逃走経路は巧みに網目を潜り、躍起の警察当局を尻目にかけ悠然たるものがあり、今後はたしていかなる方面へいかなる形でその姿を現すか、興味はますます加わるばかりであるが……

 どこか面白がっているようにも思える。「闇を漁る牝(めす)犬」(東日)、「妖美な悪の華」(読売)、「淫奔で情熱の情痴的痴呆者」(都)……。定を形容する語句も毒々しくなる一方。

 そして、ついにその時が来た。

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