ちなみに、「僕は」の話は決まって、「飛田はすごいところ。最初に界隈を通った時、昔にタイムスリップしたような雰囲気にびっくり仰天した」という意味のことを言った上で、
「風俗は嫌いだ」
「恋愛のプロセスなしにイタしたいとは思わない」
などと言うのだった。そう、みな、自分は風俗は苦手だ、飛田には行かないと申告するのである。特段「あなた」の意見を訊いていないのに。制度そのものを問う、「女性差別そのものじゃないですか」という発言は、20代後半から30代前半の3人から聞いた。
ともあれ、そういった「僕は」と否定的な話をしたあと、必ずと言っていいほど、
「そういえば、あいつが飛田に行ったという話を聞いたことがあるなぁ。連絡してみようか」
と相成る。ありがたい。そして、連絡をとってもらうと、かなりの確率で「話してもいいと言っている」という返事が返ってくる。こうして、意外に容易く、飛田フリークの男たちにヒアリングすることができた。
「疲れ切っている時って、そういう気分になる」
最初に会ったのが、在阪のテレビ局に勤めるAさん(28歳=2001年当時。以下同じ)。友人が紹介してくれ、電話で連絡がついたその日、飛田の取材を始めるにあたって、匿名で体験話を聞きたいのですが、と切り出すと、
「よかったら1時間後、7時半に」
と話は早かった。夜半からロケに出る、しばらく忙しくなるけど今なら時間をつくれますからとのことで、さっそく会うことができた。テレビ局内の喫茶ルームで会ったその人は、こういっちゃ何だがなかなかハンサムで、いかにも好青年。制作担当という仕事柄だろうか、聞きにくいことを聞いてもさほど躊躇せずに答えてくれた。
――初めて飛田に行ったのは?
「2年前です。徹夜の仕事が終わってめちゃめちゃ疲れていた時に、先輩2人に誘われたんですね。疲れ切っている時って、そういう気分になるじゃないですか」
――第一印象は?
「聞いてはいたけど、今の日本に江戸時代が残っていた。すごいカルチャーショックでした。ドキドキして……」
――どんなふうに店を決めたんですか。
「付近に車をとめ、心細いので先輩2人と一緒に物色しながら少し歩いてから、『1時間後に車のところで』と帰りの待ち合わせを決めて1人になったんです。最初は、“なにげに、ただ道を通っているだけです”の顔をして歩いたんですが、長髪で清潔感があり、すれていない、僕の好みのビジュアルの女の子が座っている店があったので、思いきって入りました」
ウエイター氏がコーヒーを運んで来ると、しばらく話は中断する。隣席に聞こえないかと気にし、声をひそめながらも続けて答えてくれる。急な質問に、こんなふうに的を射た答え方をできる人はそういないと私は思う。