キリストが中国人女性に転生したという教義を信じる「全能神」は、1990年代から今世紀にかけて勢力を伸ばした中国のプロテスタント系新宗教だ。2014年には山東省のマクドナルドの店内で、勧誘を拒否した女性を信者たちが撲殺したとされる事件も、中国メディアにより報じられている。彼らは当局からは「邪教」として弾圧を受けており、中国国内では地下活動を余儀なくされる「秘密結社」化した存在となっている。

 中国ルポライターの安田峰俊氏は著書『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)で、日本国内で暮らす信者へのインタビューをおこなったほか、全能神が成立した経緯とその教義の性質にも切り込んでいる。同書から一部を抜粋・再編集して紹介しよう。(全2回の2回目/前編を読む)

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中国の「邪教」筆頭へ

 中国におけるプロテスタントは、三自愛国委員会という政府系の組織により統括され「中国共産党の指導」を仰ぐタテマエになっている。それに不満を持つ数千万人規模の信者たちは、家庭教会(地下教会)と呼ばれる非公認教会に集って信仰を守ってきた。だが、当局の弾圧のもとで正確な神学知識を学ぶ機会が限られ、また地下活動による閉鎖性の強さもあって、中国の家庭教会は数多くの「異端」的な教派やカルト的な新宗教を生む母体にもなってきた。

 今回の記事で紹介する全能神(東方閃電、実際神)も、中国の家庭教会をルーツとして生まれたプロテスタント系新宗教のひとつだ。中国公安部からは、法輪功と並ぶ「邪教」の筆頭格として強い警戒と取り締まりの対象となっている。

 まずは中国公安部の内部資料とされる「邪教「実際神」の活動情況及び工作要求」(2001年3月6日付)から、当局が把握している全能神の性質について見ていこう。

邪教「実際神」(またの名を「全能神」)は黒龍江省の元「呼喊派」幹部メンバー趙維山が1989年に創設した。趙はかつて1989年に黒龍江省阿城(現・ハルビン市阿城区)に「永源教会」を違法に建て、「能力主」を自称し、1000人近い群衆をペテンにかけていたことがある。

 1991年にかの組織が現地の公安機関によって法に則った取り締まりを受けた後、趙維山はまた(組織名を)「全権」に改称して河南省などに潜伏、「「能力主」の時期はまもなく終わる、イエスはふたたび肉体をともなって姿を現した。(再臨にあたり)女性であることを選んだ、すなわち「実際神」である」などといったデマを広め、「実際神」の組織を設立し、その活動は黒龍江省・河南省・広東省・江蘇省・江西省などの10あまりの省や直轄市に及び、万を超える群衆をペテンにかけている。
「邪教「実際神」活動情況及工作要求(絶密)」『中国宗教迫害真相調査委員会』

 文書に出てくる「呼喊派」(欧米圏の呼称は「シャウターズ」)とは、中国の家庭教会から生まれた神秘主義的な傾向が強いプロテスタントの教派だ。敬虔な信徒たちが「阿門(アーメン)」などと神を称える言葉を呼喊(よびさけ)ぶことでこの名で呼ばれ、文化大革命からほどない1983 年の時点で、はやくも当局から「邪教」認定を受けた。

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全能神たる「女キリスト」は、共産党「サタン」との戦いに勝利する

 全能神の事実上の創始者・趙維山は、この呼喊派の影響を受けて全能神を立ち上げている。

現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)

 全能神の教義の特徴は、キリストが中国人女性として再臨したとする信仰に加えて、人類の歴史を「律法」「恩典」「国度」の三時代に分ける、「神三歩作工」(神のはたらきの三段階)と呼ばれる独自の歴史認識を持つことだ。

 すなわち、天地創生をおこなったエホバ(ヤハウェ)の時代が「律法の時代」で、ナザレのイエスが布教活動をおこなって以降が「恩典の時代」──。と、ここまでは既存のキリスト教が説く内容と比較的近いのだが、全能神はその後に、キリストが中国人女性として復活した現代を「国度の時代」と位置づけている。そして、やがて全能神である女基督(女キリスト)がサタンとの戦いに勝利して人類を救済すると考えているのである。

 さらに全能神は、「恩典の時代を担ったイエスは、人びとに贖罪と愛の教えを説いたがために、最終的にサタンとの戦いに勝利をおさめることができなかった」「国度の時代は、神による征服事業であり、サタンに勝利するために人びとは女基督に服従しなければならず、自分〔=女基督〕に従う者のみが最後の審判をまぬがれることができる」と考える終末観を持つとされる(『結社が描く中国近現代史』)。