起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。
もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第44回)。
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「ワールド」はもぬけの殻に
1992年10月上旬、福岡県柳川市にある松永太の布団訪問販売会社・株式会社ワールド(以下、ワールド)の本社ビルは、もぬけの殻となっていた。
同年8月に2度目の手形の不渡りを出し、ワールドを破綻(負債総額9000万円)させた松永は、緒方純子と従業員として唯一逃亡せずにいた山形康介さん(仮名)を連れ、柳川市から遁走したのだ。
松永の愛人だった当時23歳の絵里子さん(仮名)は、そのことを知り愕然とした。月々の返済はワールドが行うからと、松永に借金の名義貸しを懇願された彼女は、半年の間に気づけば自身の名義で金融機関に2500万から2600万円の借金を背負っていたのである。前回に引き続き、2002年に絵里子さんへ取材した際のやり取りは以下の通りだ。
「(ワールドの)事務所には誰もいなくなっていました。そのときに初めて、騙されたって気づいたんです。もう、目の前が真っ暗でした。それまでの人生で、人を疑うってことが全然なかったから……。ただ、思い返すと、逃げる前の松永と最後に会ったときに、ふとした話の流れで向こうから、『あのね、人を簡単に信じちゃいけないよ』って説教を受けてたんですよね。お前に言われたくないよって話で、とにかく腹が立って……」
同じく多額の借金を背負わされていた女性社員も
絵里子さんが最初の借金をしたとき、借り入れ先の金融機関回りを引率した、ワールドの女性社員・Qさんも、彼女と同じく、金融機関に多額の借金を背負わされていたという。絵里子さんは振り返る。
「Qさんも本人とお父さんの名義で、松永の依頼を受けて多額の借金をしていました。松永らが姿を消して騙されたと気づいた彼女は、私と一緒に同じ法律事務所に相談に行っています」
弁護士から自己破産を勧められた絵里子さんは、手続きを進めてもらうことになった。
「当然、親にも話しました。私自身も半狂乱で、外に出るのも嫌だし、完全に鬱になってしまって、なにも手につかない状態でした」
とはいえ、彼女には自己破産では清算できない“借金”が残されていた。