勤務している会社を辞めたいと考えた際、退職届を雇用者に提出すれば、その会社を辞められる。これは一般社会における労働者の権利だ。しかし、ヤクザ社会ではそう簡単にはいかない。ヤクザを辞めて上手いことしようとしやがって…といった感情のしこりなどを理由に、“指詰め”をはじめとした、さまざまな方法で引き留めが図られるケースがほとんどだ。このように、ヤクザ社会の常識は一般社会の常識と大きくかけ離れていることが多い。

 溝口敦氏、鈴木智彦氏両名による著書『職業としてのヤクザ』(小学館新書)では、そうした私たちの知らないヤクザの常識があらゆる角度から紹介されている。ここでは、同書を引用し、ヤクザの“引退”についてのエピソードを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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引退したら金が回収できない

鈴木 最後に、ヤクザはいつ辞めるのか、という問題です。

溝口 それはみんな辞めたいけども、辞めるに辞められません。明日が見えない立場であるけれども、続けざるを得ないっていうのが大多数ではないでしょうか。

 香港ヤクザなんかは、成功したら実業家になる人もいます。自分たちは商業的マフィアだと、そういうふうに考える人が圧倒的に多いんですけど、日本はそういう発想があまりない。ヤクザはヤクザのままでいないと、子分どもがやってきて、「親父、金を貸してくださいよ」とか、「親父、5000万だけ融通してくれませんか」とかタカってきて、金をどんどん持っていかれてしまう。辞めたところで子分どもが寄ってくるから離れられない。

 だから、自分は死ぬまで実権を手放したくない、そういう親分衆が圧倒的に多く、実際に現役のまま死ぬヤクザばかりです。

鈴木 今はみな死ぬまでヤクザですね。死が別つまで現役です。

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溝口 一度、「山口組の金庫番」と言われ、金貸しとして有名だった小田秀臣(三代目山口組若頭補佐)に聞いたことがあります。彼は竹中四代目襲名に反対し、しかし一和会には参加せず引退を選びましたが、「貸していた金はみんな踏み倒されて、誰も返そうとしないんですよ。武力がなければ、返せって迫れないんです」と言っていました。「だから、ヤクザの金貸しというのは、絶対自分より強い組には貸さないと言われているんですよ」とも教えてくれた。弱いところだったら貸すと。だから、引退したら金が回収できない。

暴力団金融のカラクリ

鈴木 看板を回収の後ろ盾にしているので、ヤクザを辞めれば踏み倒されます。そのあたりはとてもドライです。

溝口 何せ警察権力が及ばないところですから、さらうなり、殺すなり、自由ですから、金を返さないとなればそれはやりますよ。彼ら暴力団金融が暴力団にしか貸さないのはそれがあるからです。暴力が通用するから、暴力団金融は成り立つ。しかし、それは、暴力団でいないと通じない。だから辞めるに辞められないんです。

鈴木 昔は早めに隠居したから、跡目も若い人が継いだ。ヤクザ組織全体が若かったです。

溝口 たまに金に困ったりして、親分の墓の前で拳銃自殺する例があります。それは死ぬことによって組をようやく辞められるということ。