真犯人は別件で服役中の無期懲役囚だった
ところが、事件の記憶も薄れかけていた2019年9月、30年あまりの時を経て事態は急転する。
この2カ月前。京畿南部地方警察庁に立ち上げられていた「重要未解決事件捜査チーム」は最新のDNA鑑定により解決できた2つの事件のケースから「華城連続殺人事件」の証拠品も再び国立科学捜査研究院(科捜研)へ鑑定を依頼した。すると、ひとりの有力な容疑者が浮かび上がった。前科者、収監者のDNAリストにあったある男のDNAが一致したのだ。
釜山刑務所に服役中のイ・チュンジェだった。
イは、94年、妻の妹(当時20歳)を暴行し、絞殺。裁判では一貫して無実を訴えたが、被害者の遺体からは睡眠導入剤が検出されており、一部計画的犯行が認められるとして、殺人と遺体遺棄で95年から無期懲役刑囚となっていた。
イのDNAと一致したのは、「華城連続殺人事件」の被害者の下着に付着していた「汗」だった。京畿南部地方警察庁は続いて他の被害者の衣類も鑑定にかけ、検出されたDNAすべてがイのものと一致した。分析結果、血液型はB型ではなく、O型であることも判明した。イの血液型はO型だった。
イは刑務所への警察官の訪問に「とうとう来るべきものが来たと思った」と後に語ったが、取り調べに応じるつもりはなかったという。しかし、ひと月後の同年10月、「華城連続殺人」の犯行と他の4件の殺人、そして性的暴行30件あまりも自白する。
イの取り調べには、警察の犯罪心理分析官(プロファイラー)9名が動員された。うち半分以上は女性プロファイラーだった。韓国で犯罪心理学の第一人者として知られるイ・スジョン京畿大学犯罪心理学科教授は時効が過ぎた犯罪を自白したイの心理についてこう分析している。
「女性と話ができる場所ができたと認識したことがイ・チュンジェが続けて面談に応じた理由でしょう。イは性的倒錯(パラフィリア)ですが、20年あまりの収監生活では女性と接触できる機会はありません。女性と話ができる場所ができたことは、たとえ相手が捜査官という立場であったとしても、これほど興奮することはないのです」(東亜日報、2019年11月5日)
性的倒錯とは、一般の社会的通念から逸脱した性的嗜好を持つ精神障害をいう。女性プロファイラーに「手を触ってもいいか」と聞いたことも伝えられている。
イは、1963年、台安村の農家に生まれた。厳格な家父長的な父親の下で感情を表に出さずに押し殺すようにして育ったという。高校卒業後は徴兵制により陸軍に入隊。3年間の服務(当時)を終えて86年1月末に除隊した後は電機部品を扱う会社に勤務したが、その年の8月には小学生に性的暴行をはたらいたことを自白している。