頭を垂れた黄金色の稲穂の波が地平の向こうまで広がる。2003年に公開された、ポン・ジュノ監督映画『殺人の追憶』はこんな風景から始まる。
1986年から91年まで起きた「華城連続殺人事件」をモチーフにしたこの映画はその年、興行1位となる大ヒットとなった。
後にポン・ジュノ監督は、「顕示欲の強い犯人は必ずこの映画を見に映画館に来る。犯人にソン・ガンホ(刑事役)の(射貫くような)目を見せてラストを終わらせたかった」とインタビューで答えていた。(前後編の前編/後編を読む)
10人の女性が次々と…。韓国初の連続殺人事件
「赤い服を着ていると狙われる」、「雨が降る日には外に出るな」。
当時、華城一帯では、こんな怪談がまことしやかに流れたという。
ソウル市から在来線で南に1時間半あまり。東西に広がる華城市は、西部は海に接し、東部は山深い内陸部に入り込む。事件はこの内陸部、田畑が広がる村一帯、半径3km圏内で起きた。
最初の事件が起きたのは1986年9月15日(犯行推定日)。
被害者は71歳の女性。華城郡台安村(当時)の草むらで、下半身は下着が脱がされた状態で発見された。娘の家から帰宅する途中だったという。そのひと月後の10月23日には、同じ台安村の農水路で25歳の女性が全裸の状態で発見されることになる。見合いをした帰り道だといわれた。
そして、さらにそのひと月半後、やはり台安村の24歳の女性の行方が分からなくなる。4カ月後に村近くの石垣で発見された腐乱した遺体の口にはストッキングが詰め込まれていた。残業中の夫と食事をした後、再び会社へ戻る夫を見送り、ひとりで帰宅したところを自宅近くで襲われたとされた。
24歳の女性が行方不明となったわずか9日後には農水路で23歳の女性が両手をストッキングで後ろで縛られ、ガードルを頭から被された状態で発見されていた。この事件では被害者は傘で性的暴行されたことが分かっている。
その後、87年に18歳、29歳の女性が、88年には54歳、13歳、90年には14歳、91年には69歳の女性が遺体で見つかった。韓国で起きた初めての連続殺人にして、合わせて10件もの殺人。いずれも暴行の後、絞殺されており、ボールペンやフォークなどを使った性的暴行の痕跡があるなど殺害手口はさらに残忍になっていた。
殺害に使われたのは被害者のストッキングやマフラーなど。ストッキングは犯行後、手足を縛ることにも使われており、後ろでX字型に縛られていた。