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文春将棋ムック「読む将棋2021」

―― 昇段枠は限られていますから、周囲の三段にとっては、強いライバルが残る上に「あなたたちになら勝てる」と言われているも同然ですね。

佐々木 周りからしたら「ふざけんなよ」という感じですよね。喫茶店へ向かうときはドキドキでしたよ。「もう一度頑張ったら」と言われたらまたやるとは思っていましたが、周りからのプレッシャーでどうなってしまうのかという恐れもありました。千駄ヶ谷駅近くのエクセルシオールで師匠と会い、「三段リーグがつらいからプロになるというのはよくない。プロになってからもリーグはある。今回の次点がチャンスだと思って前向きになるように」と言われました。

 野澤亘伸氏の著書『師弟』には、三段リーグの翌朝に、森下卓九段(深浦の兄弟子)が深浦に電話をかけ「佐々木君を四段にしてあげてくれ。もう一度三段からやり直せなんて可哀想だ」と嘆願したくだりが紹介されている。対する深浦の返事は「僕は佐々木の意思に任せていますので、本人がフリークラスを希望するなら昇段させるつもりです」というものだった。

佐々木 師匠の言葉を聞いて、まだまだ自分の甘さを感じました。森下先生の電話に関しては野澤さんの本を読んだのが初めてで、そういう経緯があったとも知りませんでした。三段リーグの最終局が3月で、プロとしてのデビュー戦が6月。その間はふわふわしていた感がありましたね。プレッシャーもあって、デビュー戦をそれほど楽しみとは思っていませんでした。

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やっとスタート地点に立ったなという気持ち

――デビュー戦を勝利で飾った後も好成績を上げ、2017年2月にフリークラス脱出を果たしました。次点2回の四段昇段者で、1年以内に順位戦参加資格を得たのは佐々木さんだけ。そのときは、10年以内に引退せずに安堵したという感じでしょうか。

佐々木 10年で引退ということは考えていませんでしたが、やっとスタート地点に立ったなという気持ちでしたね。近い世代の近藤君、増田君、梶浦君(宏孝六段)が先に行っていたので、早く追いつかねばという一念でした。あと、昇級を決めたのはNHK杯の予選でしたが、その日は本戦入りまでまだ2局あったので、そちらのほうばかり考えていました。

 

――デビュー1年目は25勝10敗、勝率0・714という好成績でした。一方、佐々木さんの半年後に史上最年少で四段昇段を果たした藤井聡太四段が大きな注目を集めました。

佐々木 藤井君のようなスターが現れて、世間にも将棋界がよい取り上げられ方をされて、脚光が集まったのはうれしかったですね。でも、まさかあそこまで勝つとは思っていなかった、というのが本音です。

 藤井は三段リーグを1期で抜けたため、奨励会時代に両者の激突はない。そして新記録となる29連勝を藤井が達成したときも、佐々木―藤井戦はなかった。両者が公式戦で初めて相まみえたのは2017年9月の新人王戦、勝者がベスト4入りを果たす一番である。その時の藤井の通算成績は39勝5敗だった。

佐々木 藤井君が三段になる前から、ネット将棋で彼だと言われていたアカウントと指したことはあります。もちろん強いとは思っていましたが、中学生にしてはという感じでしたね。プロになってからも以前とは段違いの強さでしたが、まだ粗さも残る感じもありました。ただ棋譜を並べるのと実際に盤を挟むのとでは違うので、とにかく早く指したいなと思っていました。