昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載クローズアップ

「こんな場面は初めて見た」老いた者たちの身体が美しく描かれるラブシーン

ルイーズ・アルシャンボー(映画監督)――クローズアップ

2021/05/17

 乗り越えられない過去を抱えた者。孤独にしか生きられない者。その森で暮らすのは、大きな傷を抱え、年老いた人々。カナダのケベックで撮られた『やすらぎの森』は、社会から姿を隠し、森でひっそりと暮らす世捨て人たちの姿を描く。主人公は、60年以上精神科療養所に入れられていた女性マリー・デネージュ。原作小説の著者が自分のおばをモデルにしたという。マリーは療養所を抜け出し、隠遁生活を送るトムやチャーリーと森で暮らすうち自分の人生を取り戻していく。原作に惚れ込み映画化を決意したのは、ケベックで活躍するルイーズ・アルシャンボー監督。

ルイーズ・アルシャンホン監督

「小説を読み、素晴らしく美しい物語だと思いました。ここには普遍的なテーマがある。心を開き、互いの違いを認め合えばそこに愛が誕生する。数カ月が経ってもまだ小説が頭から離れず、これは世界中の人々と共有する物語だとすぐに原作者に映画化を申し出ました。とはいえ森の世捨て人の映画を誰が見に来てくれるのかと不安でもありました。でも公開したら予想外に大ヒット。物語が多くの人の心に届いたんでしょうね」

 社会に適合できず、決して「正しい」人間とは言えない老人らを魅力的に演じたのは、カナダを代表する名優たち。

「マリーを演じたアンドレ・ラシャペルは当時引退を考えていたそうですが、物語を読みこれを最後の作品にしようと出演を決めてくれました。撮影現場は決して快適な場ではありませんでした。森には水道も電気も通っていないし、みんなが泊まった小屋は刑務所か修道院のよう。アンドレは腰や足に負担を抱え普通に歩くのでさえ大変な状態だったので、撮影現場には常に医療担当者を待機させていました。彼女自身は、四輪駆動で森を走り回り、実に元気に過ごしていたけど(笑)」

 心を打つのは、老いた者たちの身体が美しく描かれるラブシーン。一方で俳優にとってはかなりの冒険だったはず。

「小説でもここは非常に繊細なシーンでした。私は前作『Gabrielle』で、ウィリアムズ症候群の女の子が初めてセックスをするシーンを撮りました。ですから、こういうデリケートなシーンで何に気をつけなければいけないのか、よく理解していました。ただアンドレにとっては、長い俳優人生のなかでもああいうラブシーンは初めての経験だったそうで、緊張のため常に血圧が上がってしまい中々撮影に入れなかったほどです。

 現場での私は『もっとゆっくり』『腕はこっちに』と、ずっと喋りっぱなし。全てを注意深く見ていることを俳優たちに示し安心させたかったから。相手役のジルベール・スィコットはアンドレを終始気遣ってくれましたが、一方で彼も自分の体が美しくないことを気にしていました。男性だって体の見栄えが気になるのは当然ですよね。私は、2人を現代のセックスシンボルにしたいのだと話しました。若く綺麗じゃなくてもいい。傷や皺があってもいい。どんな体であろうと人間はみな美しいと伝えたかったんです。そうして愛の美しさ、お互いへの欲望を見せたかった。

 撮影が終わるとみんな感動し、こんな美しい場面は初めて見たと涙を流した人もいたくらい。ところがそこにプロデューサーがパニック状態でやってきました。なんと手違いで一部が撮影できていなかったんです。おかげで再撮影になったものの、今度はよりスムーズにリラックスして撮ることができました。そして2度目の撮影でも映画のマジックは消えていませんでした」

 出演後、アンドレ・ラシャペルは88歳で亡くなった。

「アンドレは激動の人生を歩んだ人で、私は時にその人生をマリーの役に取り入れました。彼女は映画監督だった夫を数年前に亡くし疲れ果てていたけれど、この大仕事に挑戦した。マリー、トム、チャーリーを演じた3人の間には美しい友情も生まれました。何歳だろうと、心を開けば新しい何かが起きる。それが人生なんです。撮影後、アンドレは『私の人生が戻ってきた』と言っていました。私はこの映画を彼女に捧げたいと思います」

Louise Archambault/1970年、カナダ・ケベック州生まれ。2005年に初長編『Familia』を発表。13年には『Gabrielle』で多くの映画賞を受賞した他、アカデミー賞外国語映画賞カナダ代表にも選出され、成功を収めた。

INFORMATION

映画『やすらぎの森』
5月21日公開
https://yasuragi.espace-sarou.com/

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー